松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

2024年3月2日の日録。

高良山に登る。

お百度参りならぬ10回参りは終わりましたが、どうも最近、いろいろな話があり疲れております。

そういうときは気分転換がてら「中のひとの洗濯」に外の空気を浴びましょう。

左が10刻1局の時盤で、右が60刻1局の時盤です。

南西を調べると午前9~11時台に、10刻1局だと天地盤は「甲戊:禿山孤木」、60刻1局だと天地盤は「癸甲:楊柳甘露」が来ています。

甲戊は、荒くれた大地にポツンと立つ樹木という象意です。読んだだけで凶だとわかりますが、いちおうほかの2要素がよいので、個性(わがまま)がつよいひとと周囲が認識する、くらいで観ます。

60刻1局のほう(楊柳甘露)だと、樹木の根元に雨が降り染みわたり、基本的に吉方位です。

10刻と60刻、どちらが正しいか論争する人たちも居ますが、両方観れば済みます。

どちらもダメならほかの時間帯(ほかの日)を選ぶ、それだけの話です。

今日もお手ごろハイキングということで、高良山に登ってみることにしました。

今回はとくに新規開拓部分はありません。ただし3月になるとハイキング客がわいて出てくるため、比較的ひとが少なそうな部分を選んで歩いています。

西鉄甘木駅に到着すると、なんと雪が舞っています。忘れ雪というやつでしょうか?

「竹の子」行きの路線バスを終点で下車し、後谷登山口にむけて歩きます。

正面に見えるのは、大雨災害で山が崩落した跡です。樹木の根っこより深いところから地盤がすべると、パッと見て山の稜線が妙な感じになります。

後谷登山口の入口には猿田彦の石碑があります。いつのまにかお榊がきれいなものになっていました。

まず奥宮からお参りします。

つつじ公園の駐車場から甘木方面を撮影してみました。

15倍ズームしてみました。おそらくブリヂストン工場だと思うのですが、違うかな?

休憩所は満杯です。ハイキング中のかたが弁当を食っていたり、遊びに来た家族連れがどこかで買ってきた弁当?をつついていたりしています(チラ見なので間違っているかもしれませんが、お父さんらしき人がビール飲んで、もしかするとピクニック気分で鉢盛を家族でつついていた可能性?)。

そんなわけで人を避け、東屋に退避しました。

今日もココア味のビスケットと缶コーヒーで休憩します。

猫たちが寄ってきました。最初に茶色のほうに「今日もココアのビスケットとコーヒーだからあんたらにあげられない」と言うと、ふぎゃ!と鳴いてどこかに行きます。つづいて黒がやってきたので同じように告げるとまわりを1周して、背中を地面にこすりつけてどこかへ行きました。

さすがに会話なり鳴き声なりで、お互いに情報共有はしていないようです。

耳納スカイライン(市道)を歩くとハイキング中のかたが多そうだったので、北面コースに逃げます。

あいかわらず洗い越しに水はありませんが、さいきん雨の日が増えてきたせいか、地面が湿ってきました。もうしばらくするとまた水が流れるようになるかもしれません。

今日も拝殿から神職の祝詞がきこえます。

なにか日ごろの祈願と違う雰囲気がしていたのですが、新婦の綿帽子が見え、神前結婚式の真っ最中でした。

高良山茶屋 望郷亭 - 御井/うどん | 食べログ

今日もお昼に肉うどんとお稲荷さんをいただきます。

旧車道から神籠石コースに途中で合流したのですが、気づくと黒猫が鳴き声をあげながら振り返りつつ、先導してくれます。心配なので先導してくれているのかな?と思ったら、このあと列石の上にどなたかが置いたエサ(キャットフード)の山まで案内されました。

(あわれな乞食もとい貧乏人、お前も食え!)なのか?

(お前もたまにはこういうことをしろ!)なのか?

おそらく後者だろうな……と思いつつ、黒猫と別れます。

鎮香丸稲荷さんにやってきました。

さきに鎮香丸稲荷さんにお参りしてから大学稲荷に向かう道をすすむと、まず、三九郎稲荷さんや境内社の裏手にある狐穴に出ます。

大学稲荷さんの尻を横目に、まずほかの境内社に向かいます。

坂を下ったところにある俗称小学稲荷です。こちらには「筑前筑後稲荷十社第一之社」の扁額があります。なぜこちらにだけこれがあるのかむかしは謎でしたが、こちらが元々の大学稲荷(つまり元宮)で、のちに立派にでかく建て替えたのが現在の大学稲荷だと知ります。

最後に、大学稲荷さんの本社にお参りします。

南谷水門を越えて、高良大社の二の鳥居にたどり着きます。このあと御井町バス停まで歩いて、今日の登山は終わりです。

7.4kmの運動でした。