美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

久留米市善導寺町木塚(木塚) 天満宮


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現地を訪問すると、社殿の構えも立派です。本殿は石祠で、拝殿と渡りが木造になっています。

福岡県神社誌を現地で確認すると、なんと御祭神に斯礼賀志命の名があります。大正時代に玉垂御子神社が合祀されたとあり、その際に併せてお祀りされるようになったようです。

斯礼賀志命は、大善寺玉垂宮の神職 隈氏の祖と伝えらえており、おおよそ15kmほど離れた土地に、なんらかの縁があることにあらためて感じ入ります。

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社殿の向かって右脇に、山王宮があります。これも、この地を玉垂命の一族が治めていた痕跡のひとつなのです。

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福岡県神社誌:中巻186頁
[社名(御祭神)]天満宮(菅原神、斯礼賀志命)
[社格]村社
[住所]三井郡善導寺村大字木塚字本村内畑
[境内社(御祭神)]日吉社大山咋命
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(2020.04.25訪問)

久留米市善導寺町与田 日吉神社


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現地の案内板(石碑)を読むと、明治に日吉神社とされるまでは、坂本山王宮であったようです。寛文年間(1661年~1673年)にはこの地に存在したらしく、創建はそれ以前と推定されるとあり、また福岡県神社誌によれば、大正時代に天満宮を合祀したとのこと。

また案内板には元々は2体の御神像が祀られていたが、現在は合祀により計6体の御神像が祀られているとあり、明治の神社合祀政策のなか、統廃合がすさまじい勢いですすんだことがわかります。

朝倉市下浦 王子神社(王子宮) - 美風庵だより

三井郡大刀洗町春日 高良坂本神社(坂本宮) - 美風庵だより

久留米市山川町 高良御子神社(坂本神社・王子宮) - 美風庵だより

久留米市大善寺町宮本 玉垂神社(玉垂宮) - 美風庵だより

すでに私たちは、坂本山王宮とされている神社の元々の姿は、玉垂命の七男 坂本命を祀る神社ではないか(もしくは、斯礼賀志命(しれかしのみこと:のちの仁徳天皇)と坂本命を祀る神社ではないか)、という検証をしてきました。大善寺玉垂宮を再訪した際には、東西の坂本社とされているのは門守であり、本殿に居るのが玉垂命ではなく、彼の長子 斯礼賀志命ではないか、という仮説に至っています。

後世、玉垂命の一族の姿は比叡山日吉大社)信仰で上書きされています。

久留米市北野町中 北野天満宮(上宮・下宮) - 美風庵だより

北野天満宮のように、首都(近郊)へ拡大・展開していき、逆に元宮のほうがその影響を受けた可能性もあるのですが、比叡山日吉大社)を訪問したことがないため、現時点では保留とさせていただきます。多少でも神社に詳しい方なら、宇佐神宮石清水八幡宮の関係を思い浮かべてもらえれば、なにを考えているかわかっていただけるでしょう。

首都に近い位置に勧請された分社のほうが力をもち、元宮を政治的・経済的に支配する構図です。となると、比叡山信仰とは、玉垂命の子 坂本命が両脇に門守(伴神)を従えていたのが原型だったという話にもなりかねないのです……。少々こんがらかってきましたので現時点ではこれも保留とします。

もともとこの地を統治したのは、玉垂命の一族、とくに坂本命の子孫だったのではないでしょうか。どうもこれだけは、言い切れそうです。そこに後から、菅公への信仰、もしくは安楽寺(現在の太宰府天満宮)の経済的な支配が被さっていったのでしょう。

境内には、宮地嶽神社八幡宮の石祠があります。

飯塚市内野 老松宮 - 美風庵だより

通説と異なり、宮地嶽信仰が玉垂命(筑紫君)となる前の若き日の藤大臣 阿部相凾(あべのしょうかん)とその家族を祀るものだと私たちは知っています。八幡宮も、玉垂宮の痕跡を上書きする際によく利用されました。

ここもまた、広い意味で元は玉垂宮であったのです。
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福岡県神社誌:中巻185頁
[社名(御祭神)]日吉神社大山咋命、菅原神)
[社格]村社
[住所]三井郡善導寺村大字興田字橋口
[境内社(御祭神)]八幡宮応神天皇
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(2020.04.25訪問)

7月5日の日録

【本日の所持金:19,043円】

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5日14時から、前日に引き続き、梅雨の晴れ間を利用して自転車で神社めぐりをしました。今回の目的地は、久留米市太郎原町というところで、とにかく集落内に石祠やお堂が多い場所です。

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久留米市太郎原町の日吉神社は、なんと笹竜胆紋が御神紋でした。この謎を考えないといけません。

日吉神社のほか、その近所にある石祠・お堂を片っ端から訪問してみました。事前にぜんぶ調べたつもりだったのですが、帰宅後に再確認してみると漏れがあるようです。いずれまた訪問して続きを調査したいと思います。

行きがけ、片の瀬温泉のところから筑後川の自転車専用道を利用したのですが、朝、そうめんと納豆を食べただけだったせいか、自転車をこいでいるとお腹が空いてきてフラフラしてきました。

休憩をとり、とりあえず自販機で買った三ツ矢サイダーをいただき、腹をごまかします。以前は家を出てコンビニに立ち寄り、カロリーメイトくらいは買っていたのですが、どうもああいうのを買うと各地でゆっくりしてしまい行程が延び延びになるため、今年に入ってから買うのをやめました。冬場はそれでもよかったのですが、どうも暑くなると身体を動かすのも難儀なようです。せめてゼリー飲料くらいは準備しないといけないかもしれません。

神社めぐりを終えたあと、数年前にいちど利用した定食屋を目指したのですが、なんと休業中でした。残念。

17時過ぎに帰宅し、冷凍食品のチャーハンをあたため、じゃがいもと魚肉ソーセージの煮物で晩御飯をいただきました。魚肉ソーセージは携行食としても使えるのでたいへん便利です。

ここ数日でだいぶ「神社めぐり」シリーズのネタが貯まりました。毎日決まりきった生活をしていると、なかなかブログを書くネタもないため、「神社めぐり」シリーズがないと、困ってしまいます。しかも、外の空気を吸い、運動になるのですから、一石二鳥とはこのことです。

とはいえ、二日続けて30km以上運動すると、太ももが熱をもってだるく、気持ち悪くなります。運動不足ですね……。

朝倉市日向石 大神宮


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以前、入り口を探し当てることが出来ずに訪問を断念した神社です。

今回はすんなりと入り口を発見することができました。

古い石段を登っていくと、境内は赤土まみれでぬかるんでいます。

どうやら、山の一部が崩れて境内に泥が入り込んでいるようです。

ぬかるみのなかを社殿に向かって歩き、あがらせていただくと、瓦が目につきます。

どうも囲炉裏が切ってあるようで、火種が飛び散って火事になることがないよう、瓦でフタがされているようです。

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社殿奥に御神体があり、拝謁させていただきました。天照大神ということになっているが、神功皇后ではないのか……。

天照大神大日如来(けっこうな頻度で、天照大神として大日如来を祀る祠に出くわします)ではなく、これはどうやら神功皇后のようです。

同じ日に訪問した粟島神社(粟島大明神)と言い、やはりこの地は神功皇后伝承が色濃く残る地域だということを、痛感します。
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福岡県神社誌:下巻407頁
[社名(御祭神)]大神宮(天照皇大神
[社格]無格社
[住所]朝倉郡上秋月村大字日向石字仁島
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.04.19訪問)

7月4日の日録

【本日の所持金:21,380円】

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7月2日、田川郡川崎町内の神社めぐりをしました。そのときの感想をまとめていると、福岡県神社誌だけではどうも理解しがたい点がおおく、郷土資料を調べる必要を感じたため、4日、川崎町立図書館を訪問させていただきました。

川崎町立図書館の駐車場から、豊前川崎駅須佐神社の鳥居がみえます。徒歩2,3分といったところでしょうか。

ほとんど車が停まっていないと思ったら、10時開館でした。30分ほど、豊前川崎駅周辺の商店街を散策して、町の様子を観察します。豊前川崎駅周辺に来るのは高校のころ以来です。赤貧が通っていた高校の近くに女子高があり、そこに通っている美人が住んでいるというので、知人と偵察に行きました。

狭い道にびっしりお店があった記憶があり、いまもその雰囲気は残っています。

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甘木にも水路の上に建った家はいくつかみられますが、地盤の補強を個人がしているケースはいまのところ初めてみました。高校時代のお目当ての家は、この水路の上にある家のどれかから脇道にはいったところにあったはずです。

10時に川崎町立図書館が開館し、いくつか郷土資料のコピーをお願いして、退館しました。

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帰路、「天降神社」を訪問しました。これで川崎町内の旧村社はぜんぶ訪問しました。ここもまた謎が多い神社です。10月ごろに「神社めぐり」シリーズで掲載することになると思います。

それにしても、ここも田原の正八幡神社、池尻の大石神社同様、手こずる予感がします。

帰宅して昼食をいただき、天気予報をたしかめて14時から、田主丸まで自転車で神社めぐりをしました。

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九大本線を越えて、久留米市田主丸町地徳地区まで、往復34km走りました。17時過ぎに帰宅して、日記用にgoogleマイマップにgpxファイルを取り込んで編集します。

19時から、町内会の次期役員選考の打ち合わせに行きました。

記憶のあるうちにある程度、神社めぐりをした感想のあらすじをまとめたかったのですが、致し方ありません。以前なら画像をみたらそれを手掛かりにいろいろ思い出せたのですが、もう一回の旅で5,6社が限界かもしれません。老化ですね……。