美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

朝倉市荷原 龍神社


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福岡県神社誌で、少童神(わだつみ)を祀るとされている神社です。

田川郡川崎町安眞木 川上神社 - 美風庵だより

少童神については、過去の日記で説明していますからそちらを読んでいただくとして、安永9年(1780年)の創建とされており、江戸時代に建てられたことがわかります。

前年に桜島が大噴火を起こし、長崎辺りでも降灰が観測されたとの記録があり、天候異常との関係も考えないといけないかもしれません。このあたりは、調べてみる必要がありそうです。


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帰路、途中に天満宮があるのを発見しました。石祠のなかには、菅公が杓をもって座っておられました。隣には石祠の台座だけが残されているところがあって、おそらくほかにも神様がお祀りされていたのだろうとは思います。
(2019.08.31訪問)
 



 

 

孔官堂「新仙年香」 カメヤマ「備長炭香」

孔官堂のお線香 新仙年香 ミニ寸 約215本 #C-208

孔官堂のお線香 新仙年香 ミニ寸 約215本 #C-208

 
カメヤマ 花げしき 備長炭 ミニ寸

カメヤマ 花げしき 備長炭 ミニ寸

 

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近所のダイレックスでそれぞれ300円程度で手に入るものです。

薫主堂「時代香」 - 美風庵だより

新仙年香の香りは、先日ためした時代香に近いものです。ただ、香りの濃さはずいぶんと控えめですので、おそらく配合されている香料の量も控えめなのでしょう。系統は似ていても、濃度がまったく異なります。

赤貧が子供のころ良い香りだと感じていた仙年香からみても、ずいぶんと優しい香りです。時代に合わせて、調香を変えたということでしょうか。

もうかたほうのカメヤマの備長炭線香は、以前からあるのは知っていましたが、無煙・無香では感想が書けないため、取り上げずにいました。今回、お線香シリーズのひとつとして、久しぶりにまじめに聞いてみることにしました。

原材料名に「活性炭、備長炭、消臭剤」とあるとおり、ほぼ炭のカタマリです。なので、炭の匂いしかしません。炭には燃え残りの樹脂の匂いがついてくるものですが、それを活性炭と消臭剤で抑え込んでいます。他社にも同様の無香性線香の商品がありますが、これがいちばん徹底している感じがします。

朝倉市城 城神社


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地図を見ていて、以前からいちど訪問してみたいと思っていました。
旧三奈木村の中心部はとおったことがありますが、そこから一歩はいって荷原や城といった地区に顔を出したことはなく、どんなところかも、見てみたかったのです。
車道を通ると、8.5kmほどかかるようですが、自転車だと里道もとおれるため、片道7.2kmとでました。
往復14kmなら、そんなに構えなくてもママチャリでも走れるはずです。
そんなわけで、途中複数の神社に立ち寄りながら、城神社を目指します。
……途中から、砂利道になりました。googleマップで確認すると、どうも手前300mほど舗装されていないようです。ここで自転車を停めて鍵をかけ、先日購入したモンベルのトートリュックを背負って、歩きます。

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電気牧柵で囲まれた栗林が見えたら、左手の坂を上がると、神社の境内に入ります。

電気牧柵はもともと、牛を放牧するときにつかうため開発されたものです。ただの柵だと、体当たりで壊して逃げられる可能性があるため、低い電圧の電気を流して触れると電気ショックを与えます。赤貧が太陽電池パネルの実物をはじめて見たのは、この電気牧柵の機械を動かすために取りつけられていたもので、小学校だったでしょうか。あんな真っ黒の板が発電する、理屈はわからないもののすごいと思った記憶があります。

 

城神社にはイザナギが祀られています。境内の石碑を読んでいると、天照大神の祖神を祀り、菊紋を御神紋とすることに相当な誇りがあるようです。ただ、菊紋が皇室の紋とされたのは鎌倉時代なので、この神社の由緒もそれ以前にはさかのぼらないはずです。じっさい、再建にかんする碑文を読んでいくと、本殿の一部は300年前の記録が残っていたとのことで、それでもすごいことなのですが、意外と新しいのかな、という気はします。

境内社が3つあり、すでに石祠の御神紋も欠けてなにがどうかもわからない状況になっています。これがもしかすると、ほんらいの祭祀だったのかもしれません。

(2019.08.31訪問)

朝倉市古賀 松尾宮


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松尾大社 - Wikipedia

京都にある松尾大社の御分霊を祀る神社です。もともとは肥後に祀られた分霊を、元和2年(1616年)に請願して再度分霊したものと記録にあるとのことで、おそらくはそれで間違いないことだと思います。

御祭神は大山咋で、本家京都の松尾大社では、母親の市杵嶋姫とセットで祀られています。

大山咋(おおやまくい)は別名佐田大神と言い、大国主の義理の息子にあたり、朝倉市の佐田地区(寺内ダムの上流部)に本拠がありました。

大山祗(おおやまつみ)と名前が似ているため、赤貧も昔はごっちゃになっていました。整理すると、大山祗の子が大己貴(大国主)であり、妃のひとり市杵嶋姫の連れ子大山咋に、父 大山祗が治めた地域のひとつを任せたのが彼の出世の第一歩でした。その第一歩をとって、佐田大神とされたのです。

この大山咋の子のひとりが、のちの崇神天皇であり、現在の皇室につながっています。すごい存在なのです。
 
ただ、赤貧が気になるのは「この場所を松尾宮の敷地として選定した理由は、御神木にふさわしい大楠があったからだ」という説明書きのほうで、楠があったから神社を勧請?と疑いをもってしまいます。どちらかといえば、先になにか神社があって、そこを上書きしたと考えるほうが、自然です。

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そう考えて境内を歩いてみると、田神社と荒波神社がありました。田神社については、大幡主をタノカンサー(田の神様)として祀る神社であるとすでに何回もとりあげてきました。隣の荒波神社は、どうやらお稲荷さんのようです。祠に陶器の御神狐がいくつもお供えされています。

おそらく、田神社とお稲荷さんがもとの祭祀だったのではないでしょうか。そこに醸造の神である松尾宮が勧請され、上書きされたと考えてよいと思います。

(2019.08.31訪問)

朝倉市頓田 乙宮神社(乙姫大明神)


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福岡県神社誌では「乙宮神社」と記載されており、また、御祭神は豊玉姫とされています。

豊玉姫は田心姫とも呼ばれています。また、筑紫君から「道主貴」の尊称を贈られた神であり、宗像三女神のひとりとして一般的には有名です。

現地に行くと鳥居の扁額には乙姫大明神とあり、乙姫(=豊玉姫)を祀る神社なのだろうと思って境内を眺めていたところ、案内板を見て目を疑いました。

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御祭神は奇稲田姫だというのです。

竜宮城の乙姫様のお宮だとばかり思っていましたが、奇稲田姫が乙姫?……。

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社殿をのぞきこむと三座あり、祠の御神紋などを確認していないものの、市杵嶋姫・田心姫・湍津姫の宗像三女神を祀っているのではないかとも考えるのです。市杵嶋姫が中心であれば厳島神社や宗像神社と名乗っているはずですが、ここでは田心姫だからこそ「乙姫大明神」なのだと思うのですが……。

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【追記】

朝倉市堤 宝満宮 - 美風庵だより

近くに 宝満宮の「母宮」という言い伝えがある宝満宮が存在します。玉依姫の母親は奇稲田姫ですから、乙姫という名前に引きずられすぎると、過去の歴史を誤読しかねない気もしています。結論は保留とさせていただきます。

いったい何者なんだここ……。

(2019.08.31訪問)