美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

福岡市南区五十川2丁目 五十川不動堂・荒熊稲荷大明神・太田稲荷大明神


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2022年8月4日に訪問したのですが、ちょうど12時の休憩時間でした。

植木の剪定をされている造園業の職人さんとおぼしきみなさんが昼食をとっておられ、あまり近づくことができませんでした。

いずれ再訪して、あらためて撮影しなおしたいとおもいます。

福岡県神社誌:記載なし(発見できず?)
[社名(御祭神)]?
[社格]?
[住所]?
[境内社(御祭神)]記載なし。
(2022.08.04訪問)

2023年6月3日の日録

国産メーカーの凋落か、国の没落か。

シニア向けの「らくらくホン」などを手がけるスマートフォンメーカー、FCNTが5月30日、民事再生法の適用を申請した。帝国データバンクによると、適用を申請したのはFCNTの親会社を含めたグループ計3社で、負債総額は約1200億円に上るという。
富士通のモバイルフォン事業本部から2018年に分離独立した同社は、らくらくホンのほか、高付加価値製品ブランド「arrows」でも知られる。直近まで通常の営業を行なっており、業界関係者の間でも、突然の発表に驚きを隠せない人が多かった。
2022年3月から始まった急激な円安とその定着、スマートフォン市場の成熟化といった背景もあり、収支改善の道筋をつけることができなかったものとみられる。

「らくらくホン」のスマホメーカー突如破綻の深層 急激な円安が打撃、残る日本勢は2社のみに | IT・電機・半導体・部品 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

この書きかたからすると、世界市場で勝つ競争力がない国産携帯電話は、事実上携帯電話会社の優遇策でなんとか生き延びていたのに、総務省がハシゴをはずしたせいでとうとう国内ですら売れなくなり、撤退やお父さんに追い込まれていると読めます。
まぁ、世界市場で勝てない時点でダメという話という意見もとうぜんあろうかとおもいますが、「らくらくホン」をはじめ、ガラケーから移行するかた向けの完全日本語対応型初心者向けスマホ需要はとうぜん今後もあるわけで、そういう部分はどうなるのかな?という気はします。
まぁ、いまの媚米・従米路線まっしぐらの日本国に国産メーカー優遇政策をとれというのも無理難題でしかないわけで、メーカーを守れない国であることが、この事例であきらかになった、とかんがえておくべきでしょう。

 

どこまで求めるか。

いまのご時世、可能なかぎり間近で参拝したいというのは人情ですから、たいていどこのお宮さんもバリアフリー化を頑張っておられます。町内会で管理している天満宮も、車いす用スロープをつけたり、さすがに駐車場はありませんが(というか道路拡幅工事で用地をけずられ、もう土地がない)、それなりにこつこつ投資はしています。

ただ、どこまでやるか、限界はあるでしょう。

各地をまわると、威厳をたもつため、敷地にわざと高低差をつけてデカくみえるよう配慮したり、妙に天井高が高いので不思議におもっていたら、敷地外からみると「浮いている」ように見えて格好良かったり、こう言ってはなんですが、神社様式というのは威厳と見た目のためにバリアフリーを軽視して成り立っている要素が多分にあるからです。

もし、純粋なバリアフリーなら、平屋の土間敷車いす対応のどっかの公共施設みたいなデザインにならざるをえず、その建物に神性が感じられるか、また、そこに神様が下ってくるものなのか、疑問があります。

大きな神社になると、高低差がきついかたのための「遥拝所」として参道わきにちょっとした祠やお宮があり、そういう答えかたもあるとおもいます。そもそも、勧請された各地の分社はリモート参拝のさきがけなわけで、身体面のバリアフリー化ではなく、経済的なバリアフリー化を目指したものとも言えるでしょう。

神社様式といっても権現造の寺とかとちゃんぽん系のものから伊勢の神宮みたいなのとかいろいろありますし、今後、スーパーバリアフリーめざしてどこまでも高低差のない平屋づくりな新しい様式をつくっちゃいけない、ということはないのですが、そもそも建物だけバリアフリーにしてみても、そこに至る参道とかの問題があります。

常在の神職にとっては仕事場であり家であっても、われわれ一般人にとっては非日常を体感する祭祀場であり、あまりに「家」や「公共施設」並になって非日常性がなくなったとき、それがどう私たちの心理に影響するかもかんがえなくてはなりません。

 

 

福岡市南区五十川2丁目 八幡宮(五十川八幡宮)


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おそらくはこれが一の鳥居です。

あいだに市道をはさんで二の鳥居があり、ここから、神社の境内らしくなってきます。石灯籠の数におどろきますが、これは地元のみなさんが奉納したものでしょうか?

五十川八幡宮

御祭神
 応神天皇
 神功皇后
 玉依姫命

縁起
 八幡神は欽明天皇三十ニ年(西暦五七一年)大分県宇佐の御許山に出現した宇佐八幡宮が根源である。
八幡神信仰は、天平時代(八世紀半頃)から国家安泰鎮護の神として発祥し、農耕の祖神として、また、鎌倉時代以降は武神として崇敬された。以後全国各地に勧請され土地の産土神として祀られるようになった。
当社御鎮座の起源由緒については定かでないが、その昔から五十川集落鎮守の氏神としてまた五穀豊穣・厄よけ開運・家内安全等大願成就の神として信仰の中心であった。
筑前続風土記拾遺によれば、御神器は古代の剣であり格式の高い神社として尊崇されて来たのであるが、不幸にも文化年間(西暦一八〇四年~一八一七年)火災に遭い御神器の古剣もまた焼失したとある。氏子として痛惜に堪えないところであった。丁度その頃、福岡城では城内の能楽堂の改築中であったので、その由緒ある旧建物を拝殿として特に拝領したものである。(境内東側の絵馬堂がそれである)
その後、永い歳月の経過で老朽がひどくなったので、昭和十年八月(西暦一九三五年)改築委員会が結成された。氏子をはじめ、五十川に縁ある人々が協力一致して再建に奔走した結果、多額の浄財等の寄進があった。こうして昭和十二年四月(西暦一九三七年)総工費六八一九円で神殿・拝殿及び参道が見事に完成し現在に至っている。
なお、境内の拝殿東脇に薬師如来の御堂、参道西側に石投地蔵尊の石佛があり村人に敬愛されて来た。

福岡城から払い下げをうけた旧能楽堂(現絵馬堂)です。

社殿は、縦長切妻の拝殿に渡殿、平入の本殿となっています。

社殿正面向かって左手の薬師如来堂です。

薬師如来

薬師堂は平安・鎌倉時代の仏教文化の中心地だった比叡山の根本中堂の御本尊瑠璃薬師如来の流布とともに薬師信仰(心身の病を取り除く浄瑠璃界の教祖)は、全国に広まり、各地の集落に薬師堂が建てられた。当薬師堂もその薬師如来様です。病気平癒祈願に博多その他の地区より毎月八日の薬師様の縁日には、多数の参拝者がありました。今でも五十川薬師様には地域の信仰を集め続けています。

(御真言)おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、そわか

(御参拝者にお願い) 一 ロウソク・線香はご遠慮致します。

福岡県神社誌にある乙子神社とは、この社殿正面向かって右手に在るこの祠のことでしょうか。ほかに石祠やお宮らしきものがないため、おそらく間違いないとおもいますが……。

福岡県神社誌:中巻52頁
[社名(御祭神)]八幡宮(応神天皇、神功皇后、玉依姫命)
[社格]村社
[住所]筑紫郡曰佐村大字五十川字上屋敷
[由緒]不詳、明治五年十一月三日村社に定めらる。
[境内社(御祭神)]乙子神社(和加郎子命)
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2022.08.04訪問)