松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

北九州市門司区猿喰 七ツ石


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厳密にいうと「神社めぐり」ではないのですが、インターネットにふるい情報が多いため、あえてここで取り上げることにしました。

門司区大里柳・伊川・猿喰・平山周辺地区の史跡等

里から猿喰へ抜ける峠を「七つ石峠」といい、この峠には「七将亡霊伝説」があります。それは、昔ここで戦さがあった時七人の武士が討死、それから夜ごとこの峠に馬上姿をした武士の幽霊が現れるようになったため、村人たちはすっかり怯えてしまいました。この話を、たまたま玉泉寺に来ていた大寧の高僧が聞き、霊を慰めようと七つの石を建てて墓とし、お経を唱えたところ幽霊は現れなくなったと云われています。
峠には、南北朝時代の山城「猿喰城」を見守るかのように道路を挟んで向かい側の斜面に現在も、「七つ石」が大切に祀られています。

城山霊園から七ツ石峠を猿喰(さるはみ)に抜ける市道のわきに、コンクリートの立派な階段と、これまた立派な案内板があるので、場所はすぐわかります。

登っていくと、まず、誰も手入れをしなくなったお地蔵さんや仏像の祠があります。

正平18年(1363年)12月13日落城と彫られた、南朝方につきこの地で戦った「伝助」さんや、そのほかのお侍さんの慰霊碑?があります。文字がはっきりしているので、そこまで古くはないようです。

 このさきで道は二手に分かれています。右側に歩くと、ほぼ原形をとどめないほど錆びて朽ちたお稲荷さん(さすがに撮影しません)があり、そのさきに道が続いています。

どうやらこの道、電力会社の鉄塔につながっているようです。

左に行くと、七ツ石に出ます。

けっして手入れが行き届いているとはいいがたい状況です。

木が邪魔でよくみえませんが、道をはさんで反対側は猿喰城の跡地です。

自分たちが仕えたお城の反対側で、目下の市道を走る車を見下ろしています。

(2022.09.09訪問)
 
訪問当日の様子はこちらに掲載しています。

9月9日の日録 - 美風庵だより