美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

嘉麻市下山田 六地蔵菩薩


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六道 - Wikipedia

六道(ろくどう、りくどう)とは、仏教において、衆生がその業の結果として輪廻転生する6種の世界(あるいは境涯)のこと[2]。六趣、六界ともいう[2]。gatiは「行くこと」「道」が原意で、「道」「趣」と漢訳される[1]。
六道には下記の6つがある[2]。
天道(てんどう、天上道天界道とも)
人間道(にんげんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
餓鬼道(がきどう)
地獄道(じごくどう)

6つの顔をもつ地蔵様が、六道輪廻に苦しむ人々を救うという信仰があります。この近くに安国寺というお寺があり、どうやらそのお寺との関連で建てられたもののようです。

安国寺利生塔 - Wikipedia

南北朝時代足利尊氏、直義兄弟が、北海道、沖縄を除く日本各地に設けた寺院と仏塔。

(略)

臨済宗夢窓疎石の勧めにより、後醍醐天皇以下の戦没者の菩提を弔うため、聖武天皇が国ごとに国分寺を建立したことに倣い、国ごとに1寺1塔を建てる計画を立てた。
1345年(興国6年、貞和元年)に、北朝光厳院の院旨を得て、寺号を安国、塔の名を利生と称した。1338年(延元3年、暦応元年)に、和泉・久米田寺を始めとし、以後、南北朝時代中期にはほとんど完成した。
安国寺と利生塔は新しく造営されたものもあるが、既存の寺院を修理してこれにあてた国もある。安国寺による禅宗(特に臨済宗)の地方への波及、また、利生塔による禅宗以外の宗派の統制など、文化的、政治的意義が大きかった。しかし、室町幕府の没落と共に、安国寺と利生塔も衰退した。

白馬山安国寺そのものは現存しており、嘉麻市梅林公園の横?手前?にあります(行けばわかりますがほぼ一体)。この安国寺のほか、旧筑前国内にはもう一つ、天神の親不孝通りに安国寺があります。こちらは黒田長政豊前中津から筑前国主に移封された際に連れてきたお寺ですので、白馬山安国寺のほうが、より正統に近い存在だと言えます。

(2021.05.04訪問)

10月16日の日録

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塩分チャージタブレッツ | カバヤ食品株式会社

16日、電算システムの印刷テスト関係で9時半から休日出勤でした。

昨日、お店で投げ売りになっていた「塩分チャージタブレッツ」を10袋買い占めたので、うち3袋を仕事場に持っていきました。これからの時期にそんなに買ってどうするんだとあきれる声が聞こえてきそうですが、安さには勝てません。

仕事場であらためて確認すると、まず、30%引きのシールが貼られ、その上に100円の値札が貼られ、さらに30%引きのシールが貼られ、最後に50円の値札と、4回値下げの痕跡があります。賞味期限は2022年ですから、まだまだあります。

少しもったいないですね……。

19時過ぎに終わってから、1軒親せき宅に立ち寄って帰宅しました。

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肉うま!ビーフガーリックピラフ |商品情報|ファミリーマート

スーパースイートコーン |商品情報|ファミリーマート

なにか食わないといけませんが考えるのも面倒だったので、コンビニで買った冷凍食品のピラフとスイートコーンを混ぜて電子レンジで解凍していただきました。コーンを混ぜると一味ちがい、甘みがガーリックピラフを引き立てます。意外とおすすめです。ただ、ファミマのこの組み合わせしか試したことがありませんので、ご注意を。

嘉麻市下山田 日吉神社


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嘉麻市下山田の日吉神社を訪問しました。むかし隣の駐車場に車を停めさせてもらって以来ですから、何年も来ていません。

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社殿両脇に境内社があります。向かって左手が恵比須神社で、右手が須佐神社です。

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googleマップで検索するとわかりますが、元は同じ祇園社であっても、明治にどこの神社から勧請をうけ直し、神社に衣替えしたかで、地域性がわかります。上山田の郷社 射手引神社は「須賀神社」でしたが、こちら下山田の日吉神社は「須佐神社」で、普通にかんがえれば、田川方面とのつながりが密だったのだろう、ということはいえそうです。

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恵比須神社の拝殿内を拝謁させていただくと、たしか出雲大社で頒布している掛け軸が祀られていました。どうも御神体そのものがえびす様と大黒様のようです。

はて?福岡県神社誌では松尾神社があるとされているのですが?

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境内をぐるり一周すると、隠れるように石祠がありました。祇園様とえびす様に隠れてしまっていますが、松尾神社も日吉神社も大山咋(大物主)を祀る神社ですから、本殿に合祀されてしまったのかもしれません。

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狛犬の代わりに猿が社殿を守っています。

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南京錠でなかに立ち入ることはできませんが、「山王宮」の扁額を視認できます。

飯塚市高倉 日吉神社 - 美風庵だより

以前の日記でも書いたとおり、嘉麻市生地区の周囲に、大山咋(大物主)を祀る日吉神社がぐるりと存在しています。この一帯は、大山咋を奉斎する一族の拠点だったのでしょうか。 大山咋の子 崇神天皇(中筒男尊)が現王朝の祖であり、彼の本拠がいまの田川市郡だったことを考えれば、祇園社が「須佐神社」となったのも、納得がいきます。

福岡県神社誌:上巻358頁
[社名(御祭神)]日吉神社(大物主神)
[社格]村社
[住所]嘉穂郡山田町大字下山田字太郎丸
[境内社(御祭神)]松尾神社(大山咋神)
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2021.05.04訪問)

嘉麻市桑野(普門寺) 高木神社


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福岡県神社誌にしては長い解説があり、弘仁13年(822年)の創建とあります。

解説は再建(改築)の記録や、奉納にかかるものが多く、とくに過去の祭祀等には触れていないことから、いわゆる「48大行事社」のひとつとして、英彦山領内の村々に設置されたひとつと考えてよいでしょう。

ここから県道67号線を川崎方面に向かうと、嘉麻市熊ケ畑地区にも高木神社があり、国道211号を小石原に向かう途中の桑野地区神有集落にも高木神社、さらに東峰村小石原の皿山にも高木神社と、英彦山領内の街道に沿って村々に「出先」として設置されていたことがわかります。

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拝殿に彫られた二引き鷹の羽紋が、ここが英彦山の出先であったことをいまもなお残しているのです。

福岡県神社誌:上巻360頁
[社名(御祭神)]高木神社(高皇産霊神)
[社格]村社
[住所]嘉穂郡宮野村大字桑野字普門寺
[境内社(御祭神)]瀑布神社
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2021.05.04訪問)