松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

2022年12月29日の日録

晩飯。そしてイチゴをいただく。

28日、小倉の知人事務所を出たら21時近くになっていました。めんどうなので松屋で牛丼と豚汁をいただきました。

途中、近所のコンビニでamazonで注文したプリンタのインクを受け取ってもどってみると、なんと同じマンションのかたが、玄関先にイチゴを差し入れしてくれていました。

さっそく、キツネさんにお供えして、残りも神棚に箱ごとお供えします。

ありがたいことです。


ウクライナ情勢。

動員されたロシア兵のみなさん、

犠牲になった市民のみなさん、

ゼレ一派が大統領令で出国禁止しウクライナ国外へ脱出が出来なくなったウクライナの男性国民のみなさん、

英米から派遣された特殊部隊、軍事顧問団。

ありとあらゆるところに犠牲者をだしまくっています。

ニキータ・フルシチョフ - Wikipedia

家族と共にウクライナ・ドンバス地方のユゾフカ(スターリノ、現在のドネツィク)に移り、15歳で鉛管工として働き始める。
(略)
1938年4月に政治局員候補となり、スターリンに粛清されたスタニスラフ・コシオールの後任として、ウクライナ共産党第一書記となった。1939年3月、第18回党大会で政治局員に昇格する。
(略)

1954年2月19日、ペレヤスラフ協定300周年を記念してソ連の領土内の管轄変更としてクリミア半島をロシア・ソビエト連邦社会主義共和国からウクライナ・ソビエト社会主義共和国に移管させたウクライナ融和策の一環やクリミア半島とウクライナ本土との経済的結びつきを重視して実現させたとされる。

いったいこれは誰がわるいのかを、足りないあたまでかんがえてみると、やっぱりフルシチョフにたどり着かざるをえません。ウクライナ共産党第一書記からソ連書記長になり、中央のロシアから地方のウクライナに、税収の多い大人気観光地・保養地クリミア半島を割譲、(自分が若いころ暮らしていた)ウクライナ東部でロシア資本による工業化をすすめます。

プーチンがゴルバチョフを罵倒するのは、こういう過去の歴史を知りつつ、いわばソ連国内の「都道府県境」だった境界線を「国境」に格上げし、ロシア本国から切り離して多大な経済的損害を与えたことも理由にあるわけです。

プーチンの言う「地政学上の大惨事への対応」が、今後どう展開するかはわかりませんが、ゼレ一派が英米へ亡命して強制終了もありうるだろうし、ポーランドによる(むかしポーランド領だった)ウクライナ西部侵攻(再進出)もありうるかもしれません。そうなればウクライナは首都周辺のみとなり、3分割です。

ゼレンスキー氏、パトリオットは「防空能力を大幅に強化」…米議会では英語で30分演説 : 読売新聞オンライン

約2時間にわたった会談後、共同記者会見に臨んだバイデン氏は「プーチン(露大統領)にこの残酷な戦争を終わらせるつもりがないことはわかっている」と述べ、支援継続の意向を示した。新たに、地対空ミサイルシステム「パトリオット」1基や航空機搭載の精密誘導弾を含む18億5000万ドル(約2500億円)の軍事支援と3億7400万ドル(約500億円)の人道的支援も表明した。

日本国内でも数十基を航空自衛隊が運用して主要領空をカバーしているのに、なんと1基。0の数が2ケタ違うんじゃないかと記事をおもわず読み返します。

ここ最近、意識してこの話題を取り上げませんでしたが、けっきょくは反ソ感情を利用してゼレ一派を擁立し、大量の犠牲をはらってバイデン一味が世界を混乱させただけかもしれません。願わくばこの惨状を見ていかに民主党(ひいては英米そのもの)がクソなのに気づき、台湾政府の女ゼレがさらに暴走して日本にとばっちりがかからないのを祈るのみ(だいぶ危機レベルはさがりましたが……)。

増税前解散「あり得る」 首相「時期決めていない」 | 毎日新聞

岸田文雄首相は28日、首相官邸で毎日新聞などのインタビューに応じ、防衛費増額に伴う増税の開始前の衆院解散・総選挙について「可能性としてあり得る」と述べた。ただ、衆院選の日程は「何も決めていない」とし、2023年中については「今のところ考えていない」と述べた。1月下旬の通常国会召集前の内閣改造は「現在、頭にない」と否定した。(5面に発言要旨)
首相は27日のBS―TBSの番組で、増税について24年から27年までの適切な時期に始めると説明し、「それまでに選挙があると思う」と発言していた。

かたや我が国。かたほうで今後の観光需要をあてこみながら、なぜかもうかたほうで仮想敵国として軍事費増額のネタにするという不思議なキャンペーン実施中です。

ホント岸田文雄の頭のなかってどうなってるんでしょうね?

 

書きためコンテンツとはいえ。

「神社めぐり」シリーズは、自らに課した1日1掲載のための超重要コンテンツと化しています。

なんと、12月28日に訪問した白龍大明神の感想が掲載されるのは、2023年12月です。

訪問してすぐ原稿を書いて予約投稿の設定をしておき、じっさいに発表する2週前に再度読み返して修正を加えてから発表しています。以前はだいたい半年ズレだったので、当時の記憶が完全に飛ぶということはなかったのですが、とうとう約1年もズレてしまいました。はたして、読み返して修正できるほど記憶がのこっているでしょうか?