美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

2022年12月5日の日録

今日の運動経路

午前6時前、まだ真っ暗でございます。

「12月5日の5~7時に北東をめざせ」と書いた手前、自分が率先して宝くじを買わなければ、うそになってしまいます。まぁ、だれも信用してないとはおもいますが……。

予定より2時間はやく家を出て、(ちょうど我が家から北東となる)小倉に向かいました。

はやく到着しすぎて宝くじ売り場も開いていませんし、事務所に行ってもやれることはかぎられます。

到着してすぐ雑用をすませ、宝くじ売り場があくまで2時間ほど「神社めぐり」に出ることにしました。前回の「神社めぐり」が11月17日でしたので、なんと18日もお休みしてしまいました。いけませんね……もっと頑張らなくては。

安部山入口」バス停で路線バスを下車し、今回も歩きます。

今日の1社目はgoogleマップで発見した「藪巳社」です。

やぶへび?でしょうか?

鳥居の扁額がかすれておりよく読めないため、googleマップの社号を信用するしかありません。

社殿の祠はコンクリート造なのですが、一部にすすけた木材が使われています。

もしかして火事にあってここに再建されたのかもしれません。

 

つぎの葛原八幡神社に向かう途中、お大師さまかとおもってよく見ると、親鸞聖人像とあります。神社めぐりをしているとお大師さまにはよく遭遇しますが、親鸞聖人はめずらしい気がします。年に何回?遭遇するでしょうか。

 

葛原八幡神社に到着しました。

当社の起り(由緒) - 葛原八幡神社 (kiyomaro.or.jp)

公は神前に詣で、八幡神に罪なきことを乞い奉ると八幡神が出現され、「之れより西方十七里の規矩郡竹和山の山麓に温泉あり此所に浴せば 必ず癒る」とお教えになりました。
公は、その神託のまにまに温泉に浴すと数日にして足が立ち、それからこの山を「足立山」と呼ぶようになりました。
(湯川水神社の境内に今も湧き出ている)
これより公は、蜂ヶ坂(安部山清麻呂石像付近)に庵を結び住み、八幡神への神恩感謝の為、神祠をたてて自ら朝夕に奉齋しておりました。
これが当社の起りであります。
その後、宝亀元年(770年)公は赦免され都に帰ることになりました、延暦十八年(799年)薨じ給い、それを伝え聞いた里人が清麻呂公の神霊を八幡社に合せ祭っておりました。
下って、弘仁八年(817)清麻呂公の嗣子真綱、勅使として宇佐宮へ参向の帰途、蜂ヶ坂に立ち寄り御神誨を仰ぎ八幡社を現在の地に遷し奉り、神功皇后、父清麻呂公の神霊を左右の相殿に合祀されました。

和気清麻呂公の立派な銅像があります。ホームページの由緒から想像つくとおり、実質的には、皇室守護の大忠臣とされた清麻呂公を祀る神社です。

 

葛原八幡神社から歩いて12,3分のところに葛原八幡神社の旧社地である「御旅所」があります。

現在は安部山公園として整備され、ここにも和気清麻呂公の石像が建っているのですが、清麻呂公が都にふたたび呼び出されるまで隠棲していた場所です。

清麻呂公の石像がある場所から、JR日豊本線や国道10号があるほうをながめます。

 

最後は湯川水神社です。清麻呂公の足が治った霊泉は、いまも神社境内と側道のあいだにあります。ニシキゴイが泳いでいるのをながめていて、えらく水がきれいだなとおどろきます。

きほんは湧水でしょうか。霊泉の脇から神社境内に至る側道にポンプがありましたが、モーター音はしていませんでした。もしかすると枯れそうな時期だけ、地下水をくみ上げているのかもしれません。

霊泉から流れ出る小川は、ちょっとした遊歩道として整備されています。

上り側の「安部山入口」バス停に戻って、今日の運動は終了です。

おおよそ5.5km、90分の散歩となりました。

 

残念!(>_<)

2022年12月1日の日録 - 美風庵だより (hatenadiary.jp)

12月1日、壬戊「小蛇化龍」で宝くじをかってみました。

ナンバーズ3「089」を買ったのですが「978」でした。ボックスすらかすらず残念(>_<)やっぱり宝くじは当選確率低すぎて占いではどうにもなりませんね……。

今度は丙甲「飛鳥跌穴:ひちょうてっけつ」ねらいで、またみんな大好きシロヤベーカリーの隣 泉たばこ店でナンバーズを4口800円買ってみました。

こんどはなんか当たってくれないと「占いなんてやっぱりダメだわ。ばっかぢゃねー」と世間に笑われてしまいます。

主よ、なんとかしてください(-人-)

 

朝からずっとこれが脳内で流れて困る。

youtu.be

「機関車トーマス」のオープニング曲と、

youtu.be

アントン・ブルックナーの「テ・デウム」(とくに3曲目)がずっと脳内をエンドレスで流れております。個人的にはベルリン・フィルとの録音のほうが好きだったのですが、youtubeにあるのは、後年のウィーン・フィルとのものです。こちらのほうが世評高いですものね……。