美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

田川郡添田町英彦山 高住神社


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高住神社という名前より「豊前坊」という通称のほうがはるかに有名な神社です。
最後に訪問したのが2019年4月ですので、約1年ぶりの再訪となります。
この神社に関する伝承といえば、なんといっても日本八大天狗「豊前坊天狗」の伝承でしょう。
豊前坊天狗は九州天狗の頭領とされ、天津日子忍骨命(天之忍穂耳)が天下った姿とされています。

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現地にある案内板に目をやると、御祭神は豊日別大神、天照大神天火明命火須勢理命少彦名命とあります。
福岡県神社誌には少彦名命は他で祀られていたものを安政年間(1855年~1860年)に合祀したとあるので、残る4柱がほんらいの御祭神ということでしょう。

豊日別大神とは、大幡主の子で高木大神(高皇産霊神)の娘婿となった 豊玉彦を指します。彼もまた別名の多い神様です。思兼命、秩父大神、豊国主といった名前で各地に祀られています。

天照大神については説明不要でしょう。

次の天火明命饒速日(にぎはやひ)と同神という説があり、それに従えば山幸彦である猿田彦を指すことになります。

最後の火須勢理命(ほすせり)は、あくまでも記紀に従えばニニギと木花開耶姫(このはなさくやひめ)の子 火照命(ほでり)、火須勢理命(ほすせり)、火折尊(ほおり)の真ん中です。火照命が天之忍穂耳(海幸彦)の別名で、火折尊が猿田彦(山幸彦)の別名であることを考えれば、火須勢理命も同じ時代に活躍した英雄の別名と思われます。ただし、まだこのひとがおそらく火須勢理命だろうと比定できてはいません。謎のままです。

豊前坊天狗が天之忍穂耳とともに天下ったという伝承と、目の前に並ぶ御祭神の顔ぶれはそのままでは結びつかないものです。高木大神(高皇産霊神)と天照大神からみて、二人の娘婿にそれぞれ現在の高住神社(豊前坊)と、英彦山神宮(彦山権現)を任せたという印象をうけます。
豊日別大神とされた豊玉彦豊前豊後の守護神であるとするなら、天之忍穂耳率いるのちの彦山権現の立場もわかりにくくなります。

天狗の原型を天之忍穂耳が阿蘇から引き連れてきた私兵と考えるなら、なおのことです。
 
あくまでも推測と仮定の話ですが、もともとは並び立つ存在だったのでしょう。彦山権現の影響力が大きくなり、豊前坊はその影響下におかれるようになったが、御祭神は過去の記憶を引き継いだとみることはできないでしょうか。
まだまだ調べてみる必要がありそうです。

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過去の訪問記録

豊前坊 高住神社 - 美風庵だより
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福岡県神社誌:下巻169頁
[社名(御祭神)]高住神社(天照大御神、豊日別命、天火明命火須勢理命少彦名命
[社格]県社
[住所]嘉田川郡彦山村大字彦山字高住ヶ原
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.06.07訪問)