美風庵だより

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筑紫野市山家 宝満宮(山家宝満宮) 再訪


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筑紫野市山家 山家宝満宮 - 美風庵だより

12月31日、大みそか記念ということで、以前訪問した山家宝満宮も再訪しました。

前回省略した、福岡県神社誌の由来の冒頭部分を、以下に記載します。
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創立不詳、宝満宮由来書に曰く、当社山家宝満大神は勧請由来の義に在らす化現より以来降臨の本津宮にて万代不易の廟窟也と神俗共に申伝侍る其後人皇三十七代孝徳天皇(附記孝徳天皇は第二十六代なり)大化二年丙午歳神功皇后応神天皇を奉祭せりと云ふ宝満宮由来書に曰く、当社山家宝満大神の由来を尋ね奉るに海神豊玉彦の御子玉依姫命と申奉る地神五代??草葺不合尊の神皇后也治世八十三万六千四十二歳神武天皇を日向の国高千穂と云ふ所にて産み給ひ然後玉依姫命山家奇魂之地に入給ふと也。人皇十五代姫帝神功皇后(附記、神功皇后天皇としては数へ奉らず)三韓退治の時当社の御神出現あり我は是神女なり名は豊姫命と申と宣玉ふ千珠満珠を父豊玉彦に偕受け官軍を助け給ふ云々とあり。
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読めば、かなり無理をして神武天皇の母親の玉依姫と、崇神天皇の母親の玉依姫を混同させようとしていることがわかります。本物の神武天皇は高木大神や卑弥呼よりも年上ですからどだい無理があり、煙に巻くため、83万歳などというわけわからんひきのばしが必要になるのです。

しかし、このような小細工があったとしても、この地が聖地であることには変わりありません。

社殿を取り囲み、正面向かって左手に4社、右手に3社、本殿背後に4社の石祠やお宮があります。まさに、天神地祇、あらゆる神に息子の成功を祈願した母親の姿が思い浮かぶようです。

そしてそこにあわせて祀られるのは、崇神天皇の実子 応神天皇八幡大神)と、その生母である神功皇后です。

朝倉郡筑前町赤坂 五社神社 - 美風庵だより

崇神天皇は、その功績のほとんどが神武天皇に書き換えられています。崇神天皇の生母 玉依姫の存在がうすくなり、神功皇后が宝満宮という伝承が生まれたのでしょう。当たらすと言えども遠からずといえます。

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そう考えると、玉依姫が祭祀を執り行った「天(帝が治める)山」を「宮地岳」とした玉垂命(とその関係者)の意図も、見えてきます。九州王朝の宗主である玉垂命(筑紫君)と、崇神天皇のどちらが格上か、きちんと示す必要があったのです。

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[福岡県神社誌(抄)]中巻47頁
[社名(御祭神)]宝満宮(神功皇后玉依姫命応神天皇
[社格]郷社
[住所]筑紫郡山家村大字山家字松原
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2019.12.31訪問)