美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉市美奈宜の杜 喰那尾大明神

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秋月カントリークラブの入口から見えるところに、木製の鳥居があります。

鉄製の階段をあがると、山道に出ることができ、登りついたところに、祠があります。

美奈宜神社の上宮跡とされています。

美奈宜神社の案内板にある「喰那尾山頂」が、このあたりのようです。

決して広い場所ではなく、お宮を建てて祀るには不適な地形な気がします。何度も遷宮を重ねたのは、記念の場所として大きく祀ろうとすれば、自然に広い場所を確保するために移らざるを得なくなった過程ではないでしょうか。

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由緒
第14代仲哀天皇は白髪山を本城とする敵、「羽白熊鷲」を討つため軍を進められていたが途中病気で急逝。しかし神宮皇后は喪を秘して武内宿祢等を從えて喰那尾山頂(ここから北西200m)の地で陣をしき謀議の末賊を討たれた。これはお告げをうけた三神の助であるとして美奈宜川上「池辺」(ここから東へ300m)の地で戦勝奉告をされた。後に仁徳天皇(神宮皇后の孫)の勅願により「池辺」にこの神を祭るようになった。(西暦312年頃)後世ここを「本宮」と云う。
遷宮
1.大宝元年旧九月二十二日(西暦751年)喰那尾山頂の陣跡へ。
2.元弘三年(西暦1333年)大宮谷(ここから100M上)へ。
3.天正二年十一月(西暦1574年)領主秋月種実の頃現在地へ。
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(2019.07.06訪問)