美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

うきは市浮羽町古川 江文神社


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この日訪問した神社で最も難解だったのが、この江文神社です。

鳥居の扁額は「大明神」とあり、どうやらこれが正式な社号のようなのです。

江文神社で検索すれば、京都市左京区にある江文神社がヒットするのですが、向こうは倉稲魂命を祀る神社とされており、こちらの御祭神は国狭槌命(くにさつち)、一説には金山彦の別名とされています。

福岡県神社誌を確認すると、

(1)この地域一帯は元々宇佐神宮領だった

(2)正徳3年(1713年)の記録に、氏神大明神社と記載がある

とのことで、内容に脈絡はありません。

数少ない手がかりだけで考えていくと、元は氏神大明神のお宮であったが、明治の神仏分離の際、神社となる必要があって、社号を手に入れたのが江文神社だったと考えるのが、しっくりきます。江文神社大原三千院の鎮守であったという話もあり、三千院天台宗ですから、お寺つながりで社号を拝借したのかもしれません。

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なかなか立派な社殿も、どこかお寺っぽいと言われれば、そんな気もします。正面向かって右隣りが公民館で、おそらく昔は社務所があったのでしょう。

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境内には秋葉社、社神(おそらく社日神=大幡主でしょうか)、庚申塔(庚申尊天)、水天神(豊玉彦罔象女神?)が祀られています。

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公民館の額には「古川村」とあり、どうやらここは、浮羽町古川地区の中心地であったようなのです。

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さらに境内を歩くと、画像奥の天満宮と、手前の御堂があります。

どうやら江文神社という名前はいったん置いて、元の氏神大明神社という名前を手掛かりに、現地を眺めたほうが良いようです。

国狭槌尊 - Wikipedia

主に『日本書紀』の天地開闢の段に登場する神で別名国狭立尊(くにのさたちのみこと)。神代七代のうちの一柱である。
神名「サツチ」の「サ」は神稲、「ツチ」は土、即ち神稲を植える土の意か[1]。

ただ、最後に残るのは御祭神がなぜ国狭槌命とされたのかという点で、wikiにあるとおりの解釈で行けば、田んぼの神様を祀っていることになり、周辺地域に多い田神社・天神社の埴安命(大幡主の別名ですね)と意味合いは似通っていることになります。おそらく、氏神大明神を既存の神様の誰かに当てはめて申請した際、この神様を選んだだけで、実態は田んぼの神様と漠然と考えられていた可能性はあるでしょう。すると、氏神大明神社の本質は、大幡主(博多のお櫛田さん)を祀るお宮であったと考えても、そう外れてはいない気がします。 

福岡県神社誌:中巻265頁
[社名(御祭神)]江文神社(国狭槌命)
[社格]村社
[住所]浮羽郡大石村大字古川字桑園
[境内社(御祭神)]天満宮(菅原神)、秋葉社味耜高彦根神
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2021.04.03訪問)