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パッと見て700坪くらいはありそうな敷地に三つの神社、観音堂、公民館が配置されています。鳥居が2か所あり、よく見ると片方は八幡神社の扁額があり、もう片方には天満神社の扁額があります。

八幡神社の鳥居の横には、昭和16年(1941年)の郷社昇格時に制作された石の社号標があり、なかなか構えも立派です。

福岡県神社誌を確認すると、天慶7年(944年)に八幡大菩薩を祀る石祠として創建されたとあります。天満神社明治41年(1908年)に合祀されたとあり、また昭和12年(1937年)に住吉神・春日神を祭神に加えたともあって、後世になって次第に「八幡宮」としての形が整えられたことがわかるのです。

また、福岡県神社誌には木花開耶姫(このはなさくやひめ)を祀る浅間神社があることになっていますが、現地をどう見渡してもそれらしき神社がありません。

仮に、浅間神社天満神社が戦後入れ替わったのだと仮定してみることにします。

木花開耶姫(このはなさくやひめ)の父は大山祗(月読命)であり、秋葉神社の加具土命(かぐつち)とは金山彦ですから、八岐大蛇(やまたのおろち)伝承では敵同士です。敵同士の間に、ずっと世代が下・格も下の応神天皇が真ん中に鎮座では、どうもおさまりがよくありません。

するとこの八幡大菩薩というのが誰か、もう一度考えてみる必要がありそうです。

いわゆる「元八幡」「正八幡」を名乗る神社同様、崇神王朝以前の権力者を祀る神社ととらえるほうが自然な気がします。赤貧は大幡主ではないかとにらんでいるのですが、真相はどうでしょうか。気になるところです。
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[福岡県神社誌(抄)]中巻229頁
[社名(御祭神)]八幡神社応神天皇菅原道真、住吉神、春日神
[社格]郷社
[住所]浮羽郡川会村大字牧字宮ノ本
[境内社]浅間神社木花咲耶姫命)、秋葉神社軻遇突智命
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(2020.03.14訪問)