松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

12月15日の日録

朝6時に起きて、ホテルをチェックアウトします。今日は、22年ぶりにある場所を訪ねてみようと考えていました。
その場所とは、ある作家の自宅です。
赤貧が若いころ、その作家を愛読していました。1997年から98年にかけて角川書店から出版された全集は、1冊7,000円近くしたのですが、24巻なんとか全部揃えました。相当な出費であったにもかかわらず、あまり負担に感じなかったのは、どうせなら全部揃えたいという欲求が勝っていたからでしょう。
全集が出版されるまえは、文庫本で彼の作品を揃えていました。小説や随筆を読んでいるうちに、文章に描かれた景色を直接みてみたいと考えるようになりました。文学愛好家なら、この感覚は理解していただけるのではないでしょうか。
先日から、CDの再リッピング作業を行なっています。棚からCDを取り出す際、その作家の娘さんが、父の思い出を書いた本を発見しました。(懐かしいな……)と思いつつページをはぐっていくと、小説の舞台を歩き巡っているうちに、この本に書かれた作家邸周辺の景色をたよりに、ばったりと自宅を探し当ててしまったことを思いだしました。
しばらく見ないうちに、表紙の一部は日焼けでインクが薄くなってしまっていました。
当時は夢も希望もあったはずなのに、いまや日々の生活に汲々として、老後の不安におそわれる生活困窮の独居中年となってしまいました。つらいですね……。

しばらく読み進めていくうちに、ふと、久しぶりに訪ねてみたいと考えました。
年末にミューザ川崎の第九で上京するのにあわせて、過去をたずねてみるのも、良いのではないか……。
 
横浜駅京急線JR東海道線を乗り継ぎ、大船駅に向かいます。
大船駅から、バスを利用します。バス停を降りて歩いているうちに、既視感のある雑木林が見えてきます。……ここを横切る途中に右を向くと、随筆にあったそのまんまの家が見えた……。そう考えながら振り向くと、すっかり住宅が建てこんでいるものの、見覚えのある家の屋根が少しだけ見えました。

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近づいてみましたが、なんとなく人の住んでいる気配を感じません。以前訪れたときは、雨戸ひとつとっても異様なほど磨き上げられ、庭なのか、雑木林の中に家があるのかわからなくなるほどの雰囲気があったのですが、すっかり様変わりしています。
2015年から17年にかけて、この作家の電子書籍版の全集が発売されました。後付けを読んでいると、著作権の権利者のなかで連絡がとれない者がいる旨の記述があり、そんなことになっているのかと驚いたのを、思いだしました。

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雑木林をあとにして、化粧坂に向かいます。

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途中、何度も彼の小説に登場した葛原岡神社があります。縁結びの神社なのだそうですが、なぜそういう御利益があることになっているのかという点は、よくわかりませんでした。後醍醐天皇の側近だった公家がいったいなんの縁を結ぶのか……。倒幕の賛同者を集めるのに失敗して処刑されたのだから、縁結びどころではなさそうなのですが……。

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化粧坂は「けわいざか」と読みます。作家の作中人物が、不倫の恋に悩みつつ、和服で登っていく場所ということになっているのですが、かなりゴツい坂です。これを和服で登るのか?と思いつつ、赤貧は下っていきます。驚いたことに、すれ違うかたのほとんどが、カメラを持って登っています。風景写真を撮るのでしょうか?

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途中に岩壁を彫りぬいてつくられたお稲荷さんがあり、さらに歩くと、鶴岡八幡宮に出ました。

鎌倉を過去の記憶を頼りに歩いて、羽田空港から飛行機で福岡に戻ります。

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下関・門司をすぎたあたりから雲が眼下に見えるようになり、おそらく宗像あたりでしょう。夕焼けがきれいでした。