美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

三井郡大刀洗町上高橋 老松神社


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赤貧が訪問したのは9月14日の9時半ごろでしたが、男性2人で、清掃奉仕の真っ最中でした。

正面から鳥居を撮影してみたところ、逆光ですっかり色が飛んでしまっていました。

gimpで補正してみましたが、どうもうまくいきません。

社殿の手前に土俵があり、青シートで保護されています。

境内社は福岡県神社誌によれば3社のはずですが、ずらりと正面向かって左手に並んでいます。

画像でいうと奥から、秋葉社、大己貴の石碑、宮地嶽社、祭神不明の石祠、えびす様、天神社(大幡主)と並んでいます。神社誌の三輪神社とは、大己貴の石碑を指しているのでしょう。

大刀洗町史は「寛文社方開基」を引用し、「社内末社は本宮住吉大明神である。正暦元年に開元、建立された」と記載しています。おそらく、パッと見て御神体がない(陶製のえびす様は置いてありますがまさかこれが御神体ではありますまい)石祠が、本宮の住吉神社ではないかと思うのです。

老松神社は、基本的にほかの祭祀が先にあって、菅公を祀る神社に衣替えするときに使われた社号だと理解しています。正暦元年は西暦だと990年です。福岡県神社誌によれば、延久元年(1069年)に大宰府より勧請とありますから、約80年ほどは、住吉神社だった時代があったわけです。

ただ、御祭神のうち大山咋については、明治44年(1911年)に「大字今字東小路 村社日吉神社」を合祀と記載されているため、あとから老松神社に合祀されたものだとわかるのですが、応神天皇武内宿禰が謎です。

となると、本宮は本当に住吉大明神だったのか、と考えてしまいます。

八幡宮や玉垂宮も合祀されたか、元は住吉神社ではなく、玉垂宮であったかです。高良大社の御祭神は、玉垂命(=筑紫君=武内宿禰)、八幡大神応神天皇)、住吉大神であり、これなら、わかります。
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[福岡県神社誌(抄)] 中巻197頁

[社名(御祭神)]老松神社(菅三品眷属神、応神天皇、武内大臣大山咋命
[社格]村社
[住所]三井郡太刀洗村大字上高橋字内畑
[境内社(御祭神)]秋葉神社、天神社、三輪神社
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(2019.09.14訪問)