美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

三井郡大刀洗町下高橋 竈門神社


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今回はじめて訪問したのですが、じつに立派な構えです。境内の広さといい、鳥居の余裕のある配置といい、社殿のつくりも、「氏子さんは何世帯あるのだろう?」と考えてしまう規模です。

福岡県神社誌によれば、もともとの御祭神は玉依姫のみで、あとは明治以降に合祀された神々です。また、宝満宮と名乗っていたものを、神社合祀を機に、昭和4年(1929年)に竈門神社と改称したとあります。
賽銭箱には、三つ巴紋があります。どうやら三つ巴紋が御神紋のようです。

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ここは城跡だったようで、神社としての歴史は浅いことになります。この地を治めた高橋氏の先祖は大蔵氏だったとあり、大蔵氏は三つ巴紋を使用しますから、賽銭箱にある御神紋と合致します。四王寺山にあった筑前岩屋城主に転出したという点も、宝満信仰との縁を感じさせます。
この神社は、高橋氏あっての神社だったといえそうです。

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そう考えると、このような立派な社殿をもつ神社のわりに、妙な重苦しさがないのも納得がいきます。正面向かって左側には公民館とごみ集積場、向かって右手には消防団詰所があり、背後にはなんと、この地域出身の兵隊さんの忠魂碑と墓が並んでいます。

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墓には家紋が彫られています。眺めていて驚きました。剣花菱紋や木瓜紋ばかりです。違い鷹の羽は一つのみ、四ツ目紋が二つ見受けられます。あとはぜんぶ、剣花菱紋か木瓜紋です。つまり、玉垂命(=筑紫君)を奉斎していた一族の拠点なのです。

そこになぜ宝満宮があるのか。

この土地を治めた殿様の信仰を、地域が引き継いだと考えるのが、もっとも自然な気がするのです。

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[福岡県神社誌(抄)] 中巻196頁

[社名(御祭神)]竈門神社(玉依姫命少彦名命豊受大神、雷神、菅原神、罔象女神神功皇后

[社格]村社

[住所]三井郡太刀洗村大字下高橋字内畑古賀

[境内社(御祭神)]天満神社(記載なし。)
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(2019.09.14訪問)