美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

柳川市大和町鷹ノ尾 聖母宮・宮地嶽神社ほか


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以前、聖母宮が複数ある地域があることを知って、訪問した場所です。

泰仙寺橋のたもとに、複数の神社や祠が集められている場所があり、そのなかのひとつが聖母宮なのですが、最初訪問したときは、どれがどれかもよくわかりませんでした。
今回再訪して、やっと位置関係に気づき、図にしてみました。

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現地の案内板に、琴平神社は1818年にこの場所に遷座したとされており、だいたい200年前くらいに、この場所にお宮が集められたとみてよさそうです。

向かって左に宮地嶽神社があります。福岡・佐賀で神社めぐりをしていると、どこに行っても宮地嶽神社があり、信仰の根強さにはおどろくものがあります。宮地嶽神社が玉垂命を祀る神社なのはこの日記でも何度か触れました。ただ、宮地嶽が玉垂宮と同じ御祭神であるということを意識しているひとが現在どのくらい居るか、そこは考えものです。赤貧もむかしは漠然と宮地嶽大明神=宮地嶽神社と考えて、それ以上ふかくは考えていませんでした。また、高良山の山中にも宮地嶽神社があることを考えれば、かなり古い時点で別ものと見做されてきたと考えるほうが、正しいでしょう。神宮の外宮と伏見稲荷が同じ神様だと思えないのと、同様です。

宮地嶽神社のとなりには聖母宮が鎮座しています。案内板に拠れば、腰掛石を祀っているとのことで、割れを補修した痕があり、祠にめいっぱいはめ込まれています。

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祠を見ていて、御神紋が祗園社の紋(祗園守紋)になっていることに気づきます。鷹尾神社を再訪した際、拝殿の鬼瓦に祗園社の紋らしきものがありましたが、もしかすると鷹尾神社が祗園社だった時代の名残かもしれません。初めて訪問した折、確信が持てなかった理由はこの紋章で聖母宮はあり得ないと思ったからですが、鷹尾神社に祗園社の痕跡があると気づいてしまえば、これもありなのかなと思います。

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気になるのは、案内板に由来不詳とされている向かって右端と2番目の、水天宮と若宮の存在です。水天宮については、ほんらいの水神様・龍神様を祀る姿と、江戸時代に有馬公が、自らが崇敬していた天之御中主を御祭神として持ち込んだあとの姿の2つがあり、この水天宮がどちらなのか、これだけでは判別できません。

たとえば柳川の沖端水天宮は明治2年の勧請で安徳天皇と天之御中主を祀る後者の系統です。由緒不詳とあるため、この鷹ノ尾の水天宮は手がかりがなく、判断が難しいところです。

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若宮についても、これが八幡宮や玉垂宮の若宮であれば、仁徳天皇や坂本命という前提で議論すればすむのですが、御神像はもっと勇ましい姿です。あくまでも勘ですが、スサノオや金山彦が祀られているのではないかとも思われ、これも謎ではあります。
いずれどこかで旧大和町に関する資料を、もっと調べてみる必要がありそうです。

 (2019.07.28訪問)