美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

柳川市大和町鷹ノ尾 三丸稲荷大明神


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両側を個人宅にはさまれており、幟旗の奉納者が近所の染物工場ばかりであることから、もしかするとこれは屋敷神なのではないかと疑いましたが、こちらもお参りしました。
この鷹ノ尾地区はとにかく神社や祠が多く、このお稲荷さんに向かう途中にも、印鑰神社があり、その道をはさんで右手には、祠があったと思われる跡地が存在します。こんなに熱心に神様を奉斎する地域は、赤貧が生まれた筑豊ではなかなか見られなかったためか、新鮮ですらあります。

お稲荷さんの神様は、神宮外宮にもお祀りされている豊受姫です。しかし、同じ神様をお祀りしているとはとうてい思えないところに、日本文化の奥深さがあるのです。日本人の多様性を示しているともいえます。

Y染色体ハプログループ - Wikipedia

細かい話はwikiを読んでもらうのが手っ取り早いのですが、染色体の遺伝的な構成を調べることで、人類の起源をさぐろうとする学問があります。

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上記の図はwikiから引用したものです。これを見ただけで、さまざまな地域から日本人の祖先は日本列島に渡ってきたことがわかります。朝鮮半島経由で日本に渡ってきた部族もあれば、台湾経由の部族も居るし、福建省あたりから直接渡海してきた部族も居て、日本海側からやってきた部族もいます。

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次生、筑紫島。此島亦、身一而、有面四。面毎有名。故、筑紫国謂、白日別。豊国、言、豊日別。肥国、言、建日向日豊久士比泥別。熊曾国、言、建日別。
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古事記は、筑紫島(九州)に4つの大族があったと記しています。彼らはもともと、海を渡って日本にやってきた者たちでした。それぞれなりの祭祀をもち、信仰をもって渡海してきたわけで、同じ神様であっても、祀りかたが違うのは当然なのです。

それをすべてごっちゃに受け入れたのが日本文化だったのですが、明治以降、皇室(崇神王朝)の権威をたかめるため、さまざまな祭祀が禁じられ、整理されました。これを神仏判然令といいます。今になってみれば本当に馬鹿なことをしたものです。

(2019.07.28訪問)