美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

広島市西区己斐西町 旭山神社




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由 緒 – 旭山神社公式ホームページ

その昔広島市はほとんどが海で、当神社は岬の先端で山の下は波が洗ってました。
伝説によるよ、御祭神である神功皇后が、仲哀天皇2年(西洋歴193年)に船で九州に向かわれる途中(三韓征伐)この岬にお登りになり休憩されました。その時出迎えたこの土地の県主(あがたぬし)が大きな鯉を献上したところ神功皇后は、「おお、こひ、こひ」と大変お喜びになりました。
その因縁によりこの地域を「こひ(己斐)」と呼ぶようになったと言い伝えています。
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鯉の宮です。カープファンなら一度は訪ねるべき場所です。ちなみに赤貧はカープファンではありませんが、神功皇后伝承があるということで、訪問してみました。

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己斐 - Wikipedia

地名の由来
「己斐」は鎌倉時代以来の歴史ある地名で、その由来についてはいくつかの説がある。一つは神功皇后長門熊襲族征討に際してこの地に立ち寄ったとき、県主が大きな鯉を献上したので「鯉村」と称したというもの(国郡志下調書出帳)、「山間の村」を意味する「峡村」(かひむら)が変化したというもの(秋長夜話)、古くは「許斐」とも書いたことから筑前宗像の「許斐神社」と何らかの関係を有するというもの(芸藩通志)、などである。

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福岡県飯塚市宗像市に「許斐神社」はありますが、「このみ(や)」と呼び「こい(こひ)」には発音が結びつきません。おそらく関係はないでしょう。ただ、こういう説が出てくること自体が、なんらかの結びつきが残っていた可能性はあります。こじつけ覚悟で言えば、「このみや」→「こいのみや=鯉宮」と言えなくはないでしょうが。

時間が許せば、このあと草津八幡宮や速谷神社といったところも訪問したかったのですが、さすがに時間切れでした。次回以降の楽しみが増えたといえばそうなのですが、次はいつ来ることができるやら……貧乏がにくい。

(2019.07.12訪問)