美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

8月17日の行動。

8月17日、8時に甘木を出て、行橋・京築・田川方面の神社めぐりを以下の順路で実施しました。18時ごろ帰宅して、19時からの町内会の打ち合わせに間に合いました。
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4616 郷社 大原八幡神社 福岡県京都郡苅田町新津(大字)1427
4712 県社 大祖大神社 福岡県行橋市大字元永1299
2919 無格社 大祖神社 福岡県行橋市西谷78
4626 郷社 大分八幡神社 福岡県行橋市下稗田685
4453 村社 大分八幡神社 福岡県行橋市上稗田560-1
4470 村社 大分八幡神社 福岡県京都郡みやこ町勝山上田557
4390 村社 大祖神社 福岡県京都郡みやこ町勝山松田3341
4613 郷社 大原八幡神社 福岡県京都郡みやこ町勝山大久保3014-1
2901 無格社 大祖神社 福岡県京都郡みやこ町犀川谷口105
4380 村社 大祖神社 福岡県田川郡赤村赤8152
4378 村社 大祖神社 福岡県田川郡赤村内田3846
4377 村社 大祖神社 福岡県田川郡赤村内田298
4606 郷社 高木神社 福岡県田川郡添田町津野6767-1
4356 村社 大祖神社 福岡県田川郡添田町落合1130
1394 無格社 山の神 朝倉郡小石原村大字小石原字塔之瀬(現住所?)
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詳細についてはこれから考えつつ書くことになるため1か月後くらいの掲載になろうかと思います。

テーマは3つです。

(1)妙見信仰の広がりを確認する。

(2)何故、日田の大原八幡宮が京築に勧請されたのか。

(3)何故、旧筑穂町の大分八幡宮が京築に勧請されたのか。

細かい部分は抜きにしてざっと結論を書くと、

(1)おそらく英彦山(高木大神・天忍穗耳・卑弥呼)が幅を利かせるようになるまえは、田川・京築は妙見信仰が席巻していた。大隈の北斗宮から山口へのルートはつながる可能性が高い。

(2)妙見信仰は、豊日別(高木大神と卑弥呼)、白日別(大幡主、大国主、事代主の一派)、筑紫君(玉垂命)が成立する以前の信仰で、熊襲王朝のほんらいの信仰だった可能性が高い。

(3)勧請元の日田の大原八幡宮が有名すぎるゆえに為政者に上書きされた過去を京築の大原八幡宮は残している。

(4)宇佐宮の元宮であった大分八幡宮は、我々が想像する以上にのちの時代までかなりの影響力をもっていた可能性が高い。

(5)崇神王朝(現皇室)は豊日別の一派だが、卑弥呼や高木大神との直接の血縁はないかもしれない。やっぱり伊勢の神宮出雲大社は、崇神王朝が自分よりも以前の権力者を祀り上げたお宮でしかない。

という点です。

福岡県神社誌の神社リストをMicrosoftAccessのMDB化しました。全部で4,726社掲載されていました。

8月16日時点で訪問済みは130社でした。これに15社加わります。

まだまだ頑張らねば。