美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

うきは市の隈上正八幡宮と賀茂神社(1)

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25日は大牟田市岬地区で玉垂宮めぐりをしました。26日は、ほんらいであれば日田市内の玉垂神社を訪ねてみる予定だったのですが、当日の朝になり、16時から町内会の打ち合わせがあるとの話になりました。
となると、あまり遠出はできません。でも、せっかくなので神社めぐりはしたい……。
数分ほど思案した結果、うきは市の隈上正八幡宮賀茂神社に行くことにしました。ここなら、20分ほどで着きます。

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隈上正八幡宮は、むかしの浮羽町役場(現在のうきは市立図書館)から徒歩で2,3分ほどのところにあります。駐車場がありませんから、たいへん申し訳ないのですが市立図書館の駐車場に停めさせてもらい、徒歩で正八幡宮に向かいました。

狛犬ならぬ狛「うそ」が居ます。

「正」八幡宮の「正」とはなにか、以前から不思議だったのですが、1943年(昭和18年)発行の福岡県神社誌の由来を読んでいると、明記はされていませんが860年(貞観2年)に石清水八幡宮から勧請したことが理由のように感じます。むろん、これは由来書きから感じた推測であり、ほんとうのところはわかりません。

ただ、九州王朝があったと信じる立場から言えば、石清水八幡宮が創建された860年にいきなり九州に勧請されたとは考えがたく、もともとは玉垂宮であり、それを判るよう「正」の字をつけさせたのだと考えたいところです。

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社殿がカラフルなのは旧浮羽町部でよくみるもので、干支が刻まれた方位盤が天井にあるのは、朝倉市荷原の美奈宜神社などでも見かけます。ただ、ここはきちんと色を塗りなおして、カラフルです。それに、動物もどれも可愛らしいデザインです。

県南の柳川、瀬高、大牟田の神社めぐりをすると、テルテル坊主のような房のついた注連縄ばかりをみることになるのですが、ここは甘木でもみかける形式で、ほっとします。どうもあの様式は、ふだん見慣れていないので、落ち着きません。

御祭神に高良玉垂命もお祀りされている点が、宇佐神宮との違いです。

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八幡神主祭神の神社らしく、左三つ巴紋が社殿に掲げられています。九州王朝説を信じる研究家であれば、もとは高良玉垂命支配下にあった土地だったけれど、筑紫君磐井の乱で決定的に敗北し、神社として上書きされた証拠だと言いはじめるでしょう。赤貧もそう感じますが、実際のところはどうでしょうか。

この神社は、福岡県神社誌を読むかぎり何度も復興(再建)されているので、八幡神=左三つ巴紋という発想で、いまの社殿が建てられたのかもしれません。即断はしにくいところです。

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県南にいくと、摂社末社のほか、忠霊塔が境内にあるのをよくみかけます。旧浮羽町部で戦死した親戚はいないと思いましたが、赤貧も手をあわせて、平和と、いまここに生かしていただいていることの感謝を伝えました。

(つづく)