美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

美奈宜神社と旧宮跡

goo.gl30日、地元中学校の保安点検から戻る途中、荷原の美奈宜神社に立ち寄りました。

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染井吉野がだいぶ開いています。近隣の民家に山桜や枝垂れがあり、これらも含めるとたぶん、31日ごろが見ごろではないか、という感じでした。

今回は、美奈宜神社にお参りする前に、寺内ダムのほうに足を伸ばします。

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寺内ダムを眺めながら川沿いに集落を歩いていきます。

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10分かからず、美奈宜神社旧宮跡にたどり着きます。

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第14代仲哀天皇は白髪山を本城とする敵、「羽白熊鷲」を討つため 軍を進められていたが途中病気で急逝。しかし神宮皇后は喪を秘 して武内宿祢等を從えて喰那尾山頂(ここから北西200m)の地で陣をしき謀議 の末賊を討たれた。これはお告げをうけた三神の助であるとして 美奈宜川上「池辺」(ここから東へ300m)の地で戦勝奉告をされた。 後に仁徳天皇(神宮皇后の孫)の勅願により「池辺」にこの神を祭る ようになった。(西暦312年頃)後世ここを「本宮」と云う。
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と由緒書きにあるので、この旧宮跡は、先勝報告をされた場所を指していると思われます。行造林で見晴らしが悪くなっていますが、たしかに今の神社があるところより、地域全体を眺めつつ先勝報告の儀式をした場所としては、こちらのほうがしっくりきます。

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寺内ダム近辺は、ずっと染井吉野が植えられていてなかなか見事です。染井吉野は樹木としての寿命が短いという話がありましたが、けっきょくどうなのでしょうか。

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www.city.toshima.lg.jp染井吉野が江戸時代に東京で作出されたというのは、知っている人は知っていてもほとんど知らない人ばかりな気がします。染井吉野は若いうちから花が咲くのでとにかく園芸品種として愛好されました。ほかの桜も美しいのですけどね……。