美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

相性とは?

赤貧です。
占いにこりはじめて20年以上経つという話をすると、意中の人との相性占いをして欲しい、という依頼をたまにうけます。
そういうかたには相手と自分の生年月日とできれば生時、出生地を調べるよう伝えるのですが、四柱推命と宿曜で占ってみると、真逆の結果になることがままあります。「占いは当たらない」というかたはこういうところをみて批判するわけですけれども、赤貧から言わせると、着目点が違うから、違う占いがあるのです。
 
財運を優先してみるか、心と身体を優先してみるかで、評価はがらりと変わります。
 
日本人なら誰でも知っている或る夫婦は、財運だけでみると「よく現実に探し当てた」と驚嘆しかねないほど最高の相性です。そのおかげで旦那は、父親も成し遂げられなかった首相の座を射止めることができました。ただ、そのかわり性格の相性などは全く平凡、いやそれ以下と言ってもよく、雑誌のインタビューで「私は家庭内野党」と嫁の口からトンデモ発言が出てきた理由も、某私学の件でまったく嫁を制御しきれていない理由も、互いの命式を見比べてなるほどと思ったものです。
この夫婦にかぎった話ではありませんが、皇室、政治家、財界人などはこのテの財運重視の組み合わせが多いものです。自然にしていてそうなるわけがありませんから、ちゃんとした占い師や拝み屋さんがたが助言しながら、ヨメ選び、ムコ選びをされているのだとわかります。
なぜなら、財運がよい組み合わせは、基本、心や身体の相性はよくありません。
結婚後に財運が伸びる相性は、日柱の十二運にあまり差がない状態、つまり、男女とも力量にほんの少しだけ差がある状態が理想だからです。
十二運が完全に同じだと、どちらかが先に死んだとき、一気に反動が来ます。
少しだけ力量に差があるほうが、片方が死んでもそこから立ち直る力があるとされるのです。
この少しだけ差がある相手には、男女とも魅力を感じにくいものです。
言い換えると「破れ鍋に綴蓋」こそが財運を呼び込むのですが、男も女も、もっと理想を追います。現実的にはなれないのです。女性は尊敬できて頼れる相手を求めますし、男性は若くて都合よい相手を求めてしまいます。
そう考えると、おカネがある著名人が浮気やお遊びをしてしまうのも、ある意味とうぜんのことと言えるでしょう。財運重視で、心や身体の相性を軽視して親が連れてきた相手より、家名とか家運を考えず、好みの相手とお遊びしたほうが、(おかねを考えなければ)ずっと幸せです。
 
ここまで読んでみて、意中の相手との相性を占ってほしいと言われていかに困るか、判っていただけたのではないでしょうか。心や身体が充足しても生活力がそぎ落とされていく相性では困るし、財運的に問題はなくても将来、お互いを見下してしまい家庭内別居で冷えるとわかっている相性を褒めるわけにもいかない。
 
ただ、どちらも両立する命式に出くわすことがないわけではありません。宿曜でみて栄親や命の関係で、しかも、四柱推命でみて財運がよい関係というのもあるにはあるのです。そういうのが占い的には理想ですが、20年以上やってきて数例しか出くわさない時点で、相当まれなものだと言えます。
 
占いというものは、ほんとうはとても残酷なものです。
さいきん、意中のかたとの相性を占ってほしいと言われたら、逆に考えるようにしました。
財運、心、身体のどれも良い相性をよいとするのではなく、どれにも大凶が出ていないものをよいとするのです。こう考えると、かなり相性をみるハードルは下がります。
おそらく、世間の占い師も、おなじようにして相性を考えているのでしょうね……。まさか良い点だけをピックアップして、お客さんに伝えておかねをとっているなんてことはないでしょうが。