松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

久留米市長門石1丁目 天満神社(天満宮)


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久留米市長門石町を訪問するのは2020年2月以来です。前回リストアップ漏れの天満宮を訪問しました。

福岡県神社誌では菅公を祀るとされています。

御神橋が地面に掛けられており、ほんらいは池があったのか、またはどこかからこの神社自体を移築したのか……。

久留米ん昔話

上から何んでんプカプカ流れち行く、家でん流れよったろたい。と皆んな立っとる岸さん何かスーッち流れよって来たげな。拾い上げち見っと天満宮さんの御神像げなたい。はー勿体なかちすぐ小まか祠ば造って粗末ならんごつお祀りしたげな。ところがこん御神像は上の方ん長門石の天満宮さんの御神体ぢゃったげな。長門石ぢゃ大水で氏神さんの流れて行かしゃったもんじゃけ、ばさろ心配して探しかかったげな。ばって大隈に流れ着いちゃるち知れち、喜うですぐ貰い受けに来て持って帰ったげな。そりから又一ケ月もせんな大水の出たげな。そして不思議なこつに、又そん御神体の流れてこらしゃったげな。そうたいそん千年の松の処さね。そっで大隈ん者も長門石の者も、此処さねこげん続けち流れて来らっしゃっとは、神様が此処ばよっぽど好いちゃっとぢゃろ。こりゃ此処にお祀りしたが良かろうち考え、正式に長門から大隈さん御神体ば贈って祀るごつなったつげな。

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昔話を引用しても、画像の赤丸から赤丸へ御神体が流されていったというのはピンと来ないかもしれません。いまから100年以上前の地図をみれば、筑後川がいかに蛇行した暴れ川であったか判ります。

筑後川の治水事業の歴史−学ぶ・調べる | 国土交通省 九州地方整備局 筑後川河川事務所

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福岡県神社誌:下巻419頁
[社名(御祭神)]天満神社(菅原神)
[社格]無格社
[住所]久留米市長門石町大字今村
[境内社(御祭神)]記載なし。
(2021.01.11訪問)

佐賀県鳥栖市下野町 老松宮


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菅公を祀るとされる老松宮です。

現地を訪問して社殿をぐるりと拝見させていただきました。本殿の梅鉢紋が気になります。

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www.dazaifutenmangu.or.jp

太宰府天満宮と微妙にデザインが異なります。本当にここは、最初から菅公を祀る神社だったのでしょうか?

No.052 影の安徳天皇潜行の地・佐賀県鳥栖市の下野水天宮 ⑬ | 宮原誠一の神社見聞牒

私は当初、下野町(村)に入った時に、村の中央の老松神社に行き当った。神社のたたずまいは普通の神社である。しかし、社殿が鎮座する土地は、古墳のように盛りあがっている。古墳の上に神社があるのかと思った。平地にぽっくりと土盛りになっている。どう見ても自然ではない。神殿を見てすぐに分かった。土盛りは確かに墓の墳丘であるが、神殿は仏堂の趣がある。この神社は普通ではない。安徳帝御替行伝説を思うと、ここが帝の終焉の地だと思った。

先行研究の一部を引用しましたが、おそらくこの見立てで間違いない気がします。

ここが、下野水天宮の本物です。 

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老松宮の西側に、平野○神社がありました。木の下に4つ点が打たれており、漢和辞典にもこんな字はありません。

くずし字解読辞典 普及版

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判読できない字に遭遇したときによく利用する「くずし字解読辞典」を引くと「森」に似ているようです。平野森神社?どうも違うような……。

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神社内に3座設けられているのですが、どれも中心はお稲荷さんです。

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お稲荷さんに混じって、宮地嶽もお祀りされていました。

どこか、集落内の祭祀を一か所に集めた雰囲気もあり、こちらのほうを調べてみる必要がありそうです……。

(2021.01.11訪問)