美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

北九州市小倉北区片野1丁目 角神社




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神職常駐の神社なのに、福岡県神社誌をいくら探しても出てきません。

しかも境内看板にある神職の姓は「大神」さんです。この時点で、宇佐神宮や甲宗八幡宮と関係があるのかとどきりとしてしまいます。

あちこち開放されてはいるものの、ひと気はありません。出かけられているのか……。

謎が解けぬまま境内をでて歩くと、大通り沿いに案内板がありました。

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当社の建立は今よりおよそ一二〇〇年前、人皇第五十六代清和天皇の貞観二年(西暦八六〇年)宇佐神宮より神功皇后出兵の際、召し給いし御甲を神霊として門司甲宗八幡神社に「勧請」のみぎり当片野に一泊せられたる由緒深き神社として往古より一般市民の尊崇最も厚く婚姻の祖神としてまた安産また、文化啓発、家内安全、商売繁盛、交通安全の神として片野、三萩野、黄金一円の守護神と仰ぎ崇敬される氏神様です。 尚、当角神社は古来より門司甲宗八幡神社の小倉第一の氏子として御縁深き神社です。

やはり甲宗八幡宮と関係する神社のようです。

北九州市門司区旧門司1丁目 甲宗八幡神社 - 美風庵だより

御由緒 | 甲宗八幡宮のご紹介 | 甲宗八幡宮

寛元2年(1244)
鎌倉幕府は関門・北九州の沿岸警護のため藤原親房(後の門司氏)を豊前代官職として軍船七十余艘を率いて西下させる門司氏は門司六ヶ郷(楠原郷・柳郷・大積郷・伊川郷・吉志郷・片野郷)を支配甲宗八幡宮を氏神として崇敬する

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企救郡 - Wikipedia

明治20年(1887年) - 以下の町村の統合が行われる。(1町69村)
三萩野村 ← 片野新町村、片野村、萩崎村、三郎丸村
明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は全域が現・北九州市。(1町16村)
足立村 ← 富野村、赤坂村、三萩野村、砂津村[長浜浦を除く]、足原村
昭和2年(1927年)4月1日 - 足立村が小倉市に編入。(1町6村)

福岡県神社誌下巻144ページに、甲宗八幡神社の氏子区域には元足立村19区が含まれ、小倉市内に末社が6社あるとあります。この元足立村というのは、昭和2年に小倉市に編入された足立村のことで、この片野一帯も含まれています。

なるほどね……。甲宗八幡宮と縁がある神社だから、大神氏が神職をされているわけですか……。しかも神功皇后のカブトを御神体として移送するさいに中継した地……。

でも、御祭神は八幡様ではありません。イザナギさんとイザナミさんです。

もともとイザナミさんとイザナギさんを祀る神社があって、そこを中継したと考えるべきでしょうか。どうもこの点は謎です。

福岡県神社誌:記載なし。おそらく甲宗八幡宮の末社?
[社名(御祭神)]?
[社格]?
[住所]?
[境内社(御祭神)]記載なし。
(2022.02.26訪問)