美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

北九州市門司区旧門司1丁目 甲宗八幡神社


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

 

f:id:bifum:20190811170321j:plain

f:id:bifum:20190811165637j:plain
f:id:bifum:20190811165818j:plain

甲宗八幡宮のご紹介 | 甲宗八幡宮

----------------------------------------

甲宗八幡神社 - Wikipedia

清和天皇貞観元年(859年)、大和国奈良県)大安寺の僧侶であった行教が宇佐神宮に参拝し、「桓武天皇は都を平安京に遷させ給うてより、五十年以上も経過したが、未だに王城鎮護の神なし。願わくば神慮我に降って守護神を教え賜え」と祈願したところ、「吾れ都近く移座して国家を鎮護せん」とのご神勅を受けたことにより、翌年の貞観二年(860年)、清和天皇は太宰大弐清原真人岑成を勅使として派遣しました。その勅使の命を受けた行教は、宇佐神宮のご分霊を山城国京都府)に遷座する(岩清水八幡宮の創建)途中、門司関の霊峰筆立山山麓に駐留しました。すると、筆立山上空に瑞雲たなびき、不思議にも八流の幡を天降して、光り日月のごとく行教の袈裟を照らしました。行教は大神の出現疑うべからずと上申し、この地に宇佐神宮のご分霊を祀り、神功皇后ご着用の御甲をご神体として当神社を創建しました。
----------------------------------------

石清水八幡宮の成立過程を知ることが出来る神社です。神功皇后のよろいが御神体とされています。

女性宮司は認めない?有名神社の跡継ぎ騒動で見えた日本の大きな課題(伊藤 博敏) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

宮司挨拶 | 甲宗八幡宮のご紹介 | 甲宗八幡宮

宇佐氏 - Wikipedia

じつはこの神社の最大の特徴は、宇佐神宮の大宮司職をつとめていた大神氏の血筋が生き残っていることです。宇佐神宮はいまや社家であった到津家も追い出されていったいなんの神社なのかわからない状態になっています。

大神氏が自らの勢力拡大のために、神功皇后伝承を利用したのか、大神氏が利用されたのか。このあたりは、周辺にある八幡宮を丁寧にさらってみないとわかりませんが、いずれ再訪してみたいと思います。

(2019.08.11訪問)