美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

6月10日の日録

今日の運動経路

10日、17時から以前の仕事でお世話になったかたと会食でした。

そのため、福岡市内で用件が終わったからさくっと甘木に帰宅するというわけには行きません。少し足を伸ばして2社ほど神社めぐりをしました。

福岡市営地下鉄藤崎駅を出ると、さすが商店街で人出がおおく、iPhoneで画像が撮影できる雰囲気ではありません。

少し歩くと、高取焼の窯元があります。

高取焼 - Wikipedia

高取焼(たかとりやき)は、福岡県朝倉郡東峰村、福岡市早良区などで継承されている陶器で、400年ほどの歴史を持つ県下有数の古窯。
(略)
高取焼は元々、福岡県直方市にある鷹取山の麓にて焼かれており、朝鮮出兵の際に黒田長政が陶工、八山(日本名・八蔵重貞)を連れ帰って焼かせたのが始まり。(略)
江戸時代には黒田藩の御用窯として繁栄、(略)2代藩主・黒田忠之は小堀政一(遠州)と交流を深め、遠州好みの茶器を多く焼かせた。
(略)
その後、二代目の八蔵貞明が現在の東峰村に鼓窯を築き(小石原高取)、より繊細な作品が多く焼かれた。以後は、福岡の大鋸谷に移転(御庭高取)、18世紀には「東皿山」と「西皿山」に分けられ、細分化されていった。

筑前黒田藩御用窯 高取焼 味楽窯

私自身、実家からほど近いところに小石原村(現東峰村)があり、そこに高取焼を名乗る窯元があるのは知っていました。やがてとしをとり、そもそも高取とは直方の鷹取山のことで、嘉麻市の旧山田地区にも窯場の跡があるという話を聞き、さらに仕事で福岡市早良区に行くとそこにも高取焼があるというわけで(なんじゃこりゃ?)状態だったのをおぼえています。

歴史をかじりはじめると茶道文化をかじらざるを得なくなり、20年近くむかし、お茶の稽古用に御茶碗を購入しました。いまは書棚のすみに並べて、ながめる程度です。これは小石原にある高取焼の窯元でわけてもらったもので、そう高いものではなかったとおもいます。

窯の変遷 | 筑前茶陶髙取焼 髙取八仙窯

東皿山窯/ひがしさらやまがま - 亨保元年(1716)

享保というと幕府による「享保の改革」が有名ですが、諸大名の財政事情も厳しかったようです。このとき早良郡麁原村上の山(現在の福岡市早良区西新)に増窯されたのが東皿山窯で、一般に「東皿山」と呼ばれています。主に茶道器を製造する窯場でした。この時から廃藩置県までのおよそ150年間にわたって活動し、髙取家の歴代は小石原鼓窯に半年、東皿山窯に半年と掛け勤め(=掛け持ちのこと)していました。現在、窯址付近には人家が建ち並び、その古跡を窺うことはできません。

御用窯として本拠地以外に城下近くにも窯場をひらき、掛け持ちして指導しながら生産にはげんでいたことがうかがえます。各地に残る高取焼は、その名残なわけです。

入口がわからず往復し、なんとか「山の大神」にたどり着きました。

goo.gl以前、このgoogleマップのクチコミをみて、いつかは行きたい場所としてリストに載せていたのですが、まぁ、これが、場所がわかりません。

なんと民家の横を通らないと行けません。地図やGPSと見比べてもしかしてこれが入口か?ともおもったのですが、まさか庭先を歩くわけがないとおもいこんでおり、だいぶ迷いました。

そのあと、紅葉八幡宮を訪問しました。ここは路面電車建設にともない市街地から大正2年に移転してきただけあって、社殿の配置がすっきりとしています。ふるい神社は神仏習合の跡をぶっ壊したりいろいろやっているため大きいところほどなかなかすっきりしていませんが、あとから出来たところは、神社とはこういうもの、というセオリー確立後なので、配置がキレイです。

神職のかたがどこかの祭典からもどられたのか、境内をうろついていたら鉢合わせになり深々と頭を下げられました。あわててこちらも礼をします。さすがに10円では気がひけるので、100円玉を2枚お賽銭箱にお供えして、二拝二拍手一拝をしました。

ほんの30分ほどでしたが、なかなか楽しい散歩となりました。

二兎を追う?

週刊東洋経済2022年6月11日号 | 東洋経済STORE

第2特集
保険適用開始で社会の問題に 不妊治療はひとごとですか?

東洋経済誌を空き時間に読んでいました。不妊治療をしていた女性が、治療が本格化すると有給休暇や昼休みでは足らなくなり会社に申し出たら大型案件から外され、出世・昇給と縁がない仕事に回されたとのこと。

東洋経済の記者さんは、これはよくない、という主張をまじえて事例を紹介しているのですが、どうも読んでいて理解できません。こういう大手企業のかんがえる大型案件がどういうものか、上場企業に所属したことがないためわかりませんが「私は会社にとって最優先で動員可能な人員ではない。社畜としてはB級C級です」と自ら宣言したのに、反面、忠誠を尽くし貢献したものに与えらえるべき出世と昇給ものぞむと言っているわけです。どうも二兎を追わせているような気がします。

欧米を見習えとさわいでも、現に失敗したから出生率はいま下がり続けているわけです。いいかげんどこかで二兎を追わなくてよい社会に切り替えていかないと、たいへんなことになる気がします。

そもそもアベベやスガーリンが騒いでいた移民戦略だって、インドやモンゴル以外はどこも出生率は下がっています。わざわざ円安でたいして稼げず仕送りもできなくなる日本にのこのこやってくる皆さんが今後も安定供給されるはずはなく、あと10年もこの状態がつづけば、いろいろ崩壊しそうです。

円安がわるいといっても、金利をあげれば国債借り換えの利払い(国債費)が増えて財源を圧迫します(また増税ですね)。にっちもさっちもいかなくなってきました。

長期的、たぶん私の死後くらいまで見通せば、円安はわるくありません。それはわかっていても、とうめんをどう乗り切れるか、なかなか悩ましいものがあります。