美風庵だより

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大友直人「クラシックへの挑戦状」(2020、中央公論新社)

クラシックへの挑戦状

クラシックへの挑戦状

 

この本を読んでいてふと気になり、クラシック業界の市場規模を調べてみると、こんな記事を発見した。

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クラシック音楽演奏会の市場規模、他業界と比較すると? | 大人のピアノ再開ブログ

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大友さんが本作の中で触れている歌舞伎が、松竹が興行にかかわるものだけで約140億円。かたや、ちけぴなどが関わる(チケットを売りさばいた)クラシック演奏会が約330億円。歌舞伎の公演数なんて全国でチケットが売りさばかれる演奏会の数と比べればしゃれにならないほど小さい。なんせ歌舞伎興行が行われるのは、東京・歌舞伎座のほか、大阪・京都・名古屋・福岡で地方公演が行われる程度である。全国に音楽大学(少なくとも教育大学の音楽課程は47都道府県に必ずある)があり、コンサートホールがあるクラシック音楽業界とは、まったく規模が違う。裾野の広さが違う。なのに歌舞伎の2倍ちょい?
 
演奏会に足を運ぶ層に高齢者が多いのは、ある意味仕方がない。平日の19時までにホールまで駆け付けられるのは、よほど仕事がない公務員(生活困窮者も前の仕事場を追放されるまでその端くれでした)か、有閑マダムか、年金生活者か、学生か、バスや電車ですぐ駆け付けられる近所のひとにかぎられる。むかし九響の定期会員だったころ、後ろから眺めていて、だいたい客層はそんな感じで、ある種当然の光景だと思っていた(仕事が忙しくなり定期演奏会を時々欠席せざるを得なくなってからは、損得勘定で、定期会員を辞めた)。

大友さんの書くとおり、留学して、国際コンクールに入賞し、海外で活躍し、日本に凱旋し、それを有難がって聴衆が聴き、晩年は大学で教えるというのが王道コースだったのは間違いない。その王道コースを歩もうとすれば当然カネがかかる。本作にも出てくる某演奏家は、パトロンの娘を嫁にして資金援助してもらい、それをポイして再婚したのではなかったか。ところが裾野はすっかり広がってしまい、上流階級でない者も、カネの当てがない者も、音楽大学(や音楽専門学校)に流れ込んでくるようになる。結果として、良くも悪しくも大衆化し、スタアを生み出せず、埋没していく。

いくら才能があってもきっかけがなければ開花しないし、それを誰かが拾ってあげなければ、世には出ない。音楽大学(や音楽専門学校)の増加が、機会を増やすきっかけになるのは間違いないとしても、あくまでも確率の話なので(しかも低い)、討ち死にして、音楽以外で飯を食う卒業生も増やす結果となる。なんと残酷なことか。
 
しかし、佐村河内守の事件について書かれた部分を読んでいると、彼の作品を取り上げたのは秋山和慶さんと大友さんが最初だということがわかるし、逆に言えば、この2人がなんでもござれだったから、たまたま接点をもったに過ぎないことも、わかる。

Symphony No. 1 Hiroshima

ちなみに、いまもMP3ファイルのダウンロード販売は継続している様子。


 
amazonの批評をみていると、どこをどう読んだのか疑うものがあった。

懐古趣味


5つ星のうち1.0 懐古趣味
2020年1月31日に日本でレビュー済み
クラシック音楽教養主義になりかけ、活力を失い、無意味な金が注ぎ込まれた時代を懐かしむ、支離滅裂な内容。

むしろ今のほうが、地公体や国の助成金頼みである。しかも昔より裾野が広がっているぶん、下手をするとどこまでも増えていく。圧倒的な供給過多・需要不足を、助成金で埋めるビジネスは、もう限界なのではないか。大友さんの言うとおり需要を増やしていくか、これから音楽家を目指す若者には申し訳ないが、徹底して供給調整(音大とオケの統廃合)をするしか、残された道はない。

前者のほうがはるかに困難な道のりだし、大友さんがこれからどういう活動をしていくか、注目してみたいと思う。秋山さんのようなアルチストが霞む超アルチザンになれるかどうか、これからが楽しみといったところか(おそらく森正さんや秋山さんについての記述を読むと、この2人が念頭にあると視ていい気がする)。