美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

鎮宅霊符神社

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八代妙見宮から200mほど歩くと、鎮宅霊符神社があります。
中国発祥、朝鮮経由で日本に伝来した72の霊符を「太上神仙鎮宅霊符尊神」(だじょうしんせんちんたくれいふそんしん)として祀る神社です。大阪の星田妙見、奈良の霊符神社、埼玉の秩父神社なども有名です。
妙見信仰は、北辰(北極星)を宇宙の中心「天皇大帝」として信仰するものです。天皇という言葉は、ここからきています。皇帝という言葉も、ここからきています。
北極星に住む神様に願いを聞き届けてもらうため、私たちは七夕飾りに願いごとを書いて託します。または神様が読める文字(記号)を書きつけ、霊符や護符と呼び身につけたり毎日拝むようになります。その代表が鎮宅霊符です。これは御守や御神札の最初の姿でもあります。

やがて時代が下り、神とつうじるための鎮宅霊符そのものを神として祀るようになります。
この信仰は明治に邪宗としていちど排斥されました。八代にある鎮宅霊符神社も、大正時代になって復興されたものです。

鎮宅霊符神 : 天下無比福寿必得 - 国立国会図書館デジタルコレクション
この霊符についておそらくもっとも詳しい書物は、大正時代に書かれた「鎮宅霊符神」という本で、国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができます。前半は、祀るときに奏上する祝詞、お経や供え物について、100ページから、72の霊符の図形とその効能が記されています。
この本に記載されているのは、真言密教に伝わるものらしく、大阪の星田妙見や、八代妙見宮に伝わるものと図形が微妙に異なります。アナログ時代の手書きによる伝承(ある種の伝言ゲーム)ですから、しょうがない側面はあります。
ちなみに、現代中国において戦後「発見」された、元来のオリジナルを書き写したものもあれこれ市販されておりますので、興味のあるかたは買ってみてもよいでしょう。ただ、日本に伝来したものとまったく似て非なる図形が多く、実際のところはどれが本物か、よくわかりません。学者は中国のものを正統とし、日本に伝来したものを筆写ミスと考えているようですが、日本に伝来したとされる時代よりも古い写本は中国国内にないわけですから、それ以前に伝来した日本の写本がどれも完全な筆写ミスとは言い切れない気がします。

(注)日本に朝鮮の王族が霊符を手土産に亡命し、八代に上陸したのが600年代とされています。かたや中国で発見された原書はモンゴル帝国時代の写本です。

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俗に富貴符と呼ばれるものですが、赤貧の知るかぎり、中国の原書とされるもの、真言密教(仏教系)に伝わるもの、神社系で伝わるものはこれだけ違います。どれも、毎日供物を供えてちゃんとお祀りをすれば「家が富み栄え、災禍にあわない」とされるものです。
最初に知ったものということもあってか、赤貧はいちばん左のもの(神社系統に伝わるもの)がデザイン的に気に入っています。
まぁ、気に入っているかどうかで選ぶのもどうかという気はしますが。