松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

「忠臣蔵 もう一つの歴史感覚」

現実の大石内蔵助とはまったく違うところで作り上げられた、もう一つの大石内蔵助(=大星由良之助=大岸宮内)がどのようにして登場し、それが本物となっていったかを明らかにする内容。
とはいえ、実際の大石内蔵助もなかなかどうして、立派な男という気がする。原型が立派だからこそ、さらに美化される余地があったということか。

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しかしここで一つ異様に思えるのは、『江赤見聞記』にある伯耆守の二つの発言である。
一つは、浅野内匠頭は法律通り処分されたのにもかかわらず、今度の騒動は上を恐れざる行為であるという発言。
もう一つは、こういうふうに徒党を組み、罪のない者を斬殺し、飛道具をもって押入るのは、憚りないと思っているのかという発言である。
前の発言には、大石内蔵助は誠にもっともであるが、内匠頭の恨みもだしがたく討入りを行なったが、公儀に対してはなんの恨みもないからいかようなる御処分もうけるといって、これが私闘であることをみとめた。
後の発言については、公儀をはばかって甲冑をつけず、鉄砲を持参しなかったこと、ある程度の人数がいなければ本望は達せられないと思ったこと、ただ抵抗する人間だけを斬ったので、とどめを刺さず、動けないようにしただけであることを答えた。
おそらくここが赤穂浪士が単なる暴徒であるか、忠義の士であるかの法律的なわかれ目であったに違いない。

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