続・雑談のメモ(2)
きちんと筋道たててまとめる気力がないため、6月1日に知人と行った雑談の記憶にある範囲を記します。裏をとる作業を省いているため内容は保証しません。
べつに韓国だけの話ではない。
以前ある政府官僚と一緒に食事をしたが、この官僚は部下の話をするときに「私は良い人間はいやだ」と口にした。仕事ができない部下はそのほとんどがいわゆる「良い人」だという。人の良さと能力はカテゴリーが違うが、それでもこの官僚は「人の良さ=無能」というカテゴリー上の誤謬(ごびゅう)を固く信じていたのだ。これは驚くべきことではなく、韓国社会で普通に信じられているいわば神話だ。ささいなわずらわしいことはやり過ごし、注目されることばかりやって成果を出す人間が有能な人間だ。部下を怒鳴りつけプレッシャーをかけるパフォーマンスを示せることも一つの能力だ。逆に誰もが嫌がる仕事、目立たない仕事を黙々とやる人間は無能ということだ。
「そのうち日記でなにか書こうと思ってブックマークだけしておいたんです」「べつに韓国だけがそうじゃないだろ。日本だって一緒」
「健全な市民による徳のある行動」が「無能の証し」と見なされるのが今の時代だ。今回の選挙でもそれが改めて明確になった。言い換えれば他人を侮辱し、暴言を吐き、法を犯す人間が有能な人間と考えられているのだ。大学生の娘に11億ウォン(約1億2000万円)の融資を受けさせ江南のマンションを購入することや、「自分が間違っていた」と認めつつも「お前が清廉になれ」と侮辱すること、さらに表彰状を偽造し娘を医学専門大学院に行かせること、犯罪の容疑があっても政界に入り第3政党を立ち上げることなど、これらは全て有能であることの証しだ。
「パー券売りさばいて与党のセンセイ風吹かせて役人ぶん殴って無理強いを通すほうがえらくて、悪事に手を染めたくないと悩み自殺した国家公務員がいったいいくつだガキかと馬鹿にされる。どこの国も一緒だよ。談合やってんのばらされて逆ギレして、警察けしかけたら暴露した議員の悪事より、警察けしかけた連中のほうがよっぽど悪なのに目が向いて、あわててすとーっぷ!とかさ。そういうのを支援する連中もどうかと思うけど、考えてみるとそういう連中じゃないと今の日本で儲からないんだよね。いまやエライってのはそういうことなんです。おれは高校のころから占いやってるわけですよ。四柱推命でも奇門遁甲でもいい、当時の中国は、いまの近代経済学とか資本主義のように財は増えるという発想がない、厳密な椅子取りゲームだと理解しているのね。「丙奇は求財」と占いでならうとき、じつは手段は問わないんです。殺してぶんどってもいい。威圧感と恐怖で他人が財布をひらく前提だから。だからひと一倍儲けるというのは、ろくでもないことをやったんだな、とみるのは、むかしから。近代資本主義なんてあとから入ってきたわけで、まだ脱亜入欧は徹底していない」「いま、日本の宗主国といえばアメリカだけれど、明治以前は中華文明のいちばん端っこの国だったわけ。日清戦争で勝ったから、それ以降中国(清国)を宗主国とはだれもみなさなくなったけど、漢字をいまだに使いますね。文化的にはまだ完全に脱し切れてはいないんです。中国的な発想もあとからきた資本主義の考えより古いレベルで染みついている。椅子取りゲームに勝って独り占めしたのが金持ち、という発想」「カネを儲けるのは悪いこと、という説明の仕方がされますね。これはこれでそう間違ってはいないんです。ただ、占いとかをかじっていくと、カネを儲けるのが悪いんじゃなくて、悪いことをするからひと並み以上にカネを独り占めできた、と考えるんです。ほんらい逆なのよ。鶏と卵が」「これね、韓国や日本だけというより、むかし中華文明に影響をうけた国はぜんぶこの発想なんじゃないか、という気がする。調べたわけじゃないけど」
9日の記録。
神棚が狭いのは以前からなのですが、いままでどおりお榊を後方に並べてしまうと、毎日手に取って枯れていないかどうか眺めることができません。とくにこれから暑くなるので、まだ芽が出たばかりで暑さに耐えられるかどうか、日々の確認が必要です。
キツネさんを後方に動かして、榊を植えた鉢を手前に異動しました。夏を乗り越えればなんとかなりそうな気もしますが、どうでしょうね……。
電気自動車の充電器をならべるために用意したスペースを、現在は花壇として利用しています。植えていた桃に今年も実がなりました。肥料が絶望的に足らない(というか地べたが真砂なので施肥しても無駄)ので、実が大きくならず種ばっかりなのが難点です。
管理人さんに、今年はぜんぶ持っていてください、とメモをいれておきました。
今日も貧困のため、西鉄大橋駅で知人事務所の手伝いをします。
いったいいつになったら、貧しみの煉獄から逃れられるのか……。
今日は帰りの電車でGPSログをとってみました。甘木駅から福岡方面へは宮の陣駅で乗り換えとなるため、折れ曲がった遠回りの経路をとおります。甘木から西鉄朝倉街道駅まで路線バスが時間あたり数本乗り入れていますから、いっけんこちらのほうがまっすぐに乗り継ぎ、早いような気もするのですが、年々、国道を走るバスの遅延がひどくなってきました。快調に飛ばすのは朝の始発と夜の最終便くらいで日中のバスは数分遅れがザラですから、いまや電車で遠回りしたほうが早くなっています。
GPSログに出てくる不思議な傾斜は、対向電車の離合待ちです。こんな表記になるとは思いもよらず、少々びっくりしました。