松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

2024年3月20日(水)の日録。

旗色鮮明。これ以上でもこれ以下でもないのです。

政治と金の問題が永田町を揺るがしている。ANNの調査によると、政治資金問題で派閥からのキックバックを収支報告書に記載していなかった国会議員は議員辞職する必要があると考える人が65%にのぼった。しかし経済学者の竹中平蔵氏は「川の水が清すぎると魚は住まないのです」と話す。「社会のリダンダンシーの中で『そういうことは起こり得るな』と社会が許容度を持つべきだ」。一体なぜなのかーー。

竹中平蔵「政治家の5年1000万円不記載で過剰にガタガタすべきでない」全員が潔癖だと、社会はなかなか成り立たたない - みんかぶ(マガジン)

松野博一前官房長官が5年間で作った1051万円の裏金は1年間だと200万円だとし、《年間200万円の不記載だけで大臣クラスが辞めるというのは、海外ではビックリされます》と綴った。
記事では《一切現金を配ってはいけないとルールを作ればいい》《全部デジタルで決算しなさい》と主張し、裏金問題の解決には、「政党法」によってガバナンスを効かせる仕組みが不可欠だと強調。
そうした提案を含めた記事なのだが、「過剰にガタガタ」という表現に違和感を覚えた読者も多かったようで、「X」では非難轟轟となった。 

竹中平蔵氏「5年で1000万円、政治家の不記載にガタガタ言うな」であふれる憤激「ならば国民も脱税を」 | Smart FLASH/スマフラ[光文社週刊誌]

平日常勤している事業所で「どうして叩かれるとわかっていてこんな発言をするのですか。このじいさんは馬鹿なんですか?」という質問をいただきました。

子鼠内閣時代の大暴れぶりを知らない世代からすると、煽って世間を小馬鹿にして楽しんでいるようにしか見えないのも無理はありません。

「このかたは、ながねん政治家に取り入り献策して自分の発想を実現されてきたかたです。政治家に取り入り政治の力で社会を動かしてきたかたが、政治家を批判するわけにはいきません。

こういう立場のかたは「黙る」ことが許されないのです。「こいつは自分たちの味方なのか?まさか裏切るのか?」と政治家さんから彼は注目されています。求められているのはshow the flagです。

それに応えるために、どんなに屁理屈をこねても政治家の皆さんを擁護します。これからも私を使ってください。私はあなたたちのために有能です。そう公然と発言し、政治家に取り入りつづけないといけません。むかしはこれを「御用学者」と言って馬鹿にしていたのですが、もういま、ケケ中やT橋Y一や上Yを馬鹿にするひとはいないでしょう。

献策した内容を政治家に実行させ、そして一般人には「預言者」として登場し「これから世のなかはこうなります」とやる。

一般人はすごい秀才だ創造主だと競って彼らを講演に招き、著書を買い求めます。ありがたがります。

この立場を維持し続けるためには、つねに政治家や権力の側に立ち続けなければなりません。

こういうところが見えるようになれば、こんなマッチポンプ、自作自演のたぐいが馬鹿らしくみえるようになります。

内心は馬鹿にしていてよいのです。あなたの直感は間違っていません。ただ、こういう預言者の御託宣はこれから世のなかがどう動くかがわかります。しっかりチェックだけしておいて損はありません。

しょせん、こういう手合いがこの世のなかを動かしているのです。

なんだかんだ言って、ケケ中、T橋、上Yは、自民党にも民主党にも信者が居て、彼らから神と崇められてきました。いま、あのときのメンバーは、自民、維新、立憲、国民、……たぶん共産党以外ぜんぶに散っています。つまり、与野党だれが今後政権をとったとしても、彼らの権力は揺るぎません。

下々から反感をくらったところで、しょせん負け犬どもの遠吠えとせせら笑っているでしょう。彼らにしてみれば、政治家に取り入り政治による法創造の恩恵を自ら最大限享受しているにすぎません。下々のそねみやっかみなんてどうでもいいのです。むしろ、反抗心丸出しで突っかかるくせに自分の発言をありがたがる庶民どもを、衆愚と哀れに感じているかもしれません。

ケケ中のお仲間な上Yがyahooニュースにコメントを寄せていますが、これ読んで意味わかりますか?おれを引き立ててくれた大先生のご発言なので褒めなきゃいけないけどどう褒めたらいいか苦し紛れであること以外、わかりませんね。それでも彼はこれを書かなければならないのです。私もケケ中先生と同じように政治家の側に立ちます、と書かなければならない一人だからです。

会社情報|会社概要〈株式会社麻生〉

yahooのプロフィールだと気づきませんが、上Yは「株式会社麻生」の「社外監査役」です。自分を食わせてくれるひとを裏切るわけにはいきません。

テレビも新聞もインターネットも、このひとはどういう背景でこのことを話しているのか、書いているのか疑いながら読むことが重要です。

肉屋に恋する豚になってはいけません。

 

と、言っておきました。

 

散乱のお片付けと、再挑戦。

朝、突風が吹きまくっていました。

沈丁花の鉢植えがころげていたので散乱した泥と花びらを整理し、ふたたび風で倒れないよう、針金でブロックに結び付け重しにしました。

1月2日に挿し木を試してみたことについて投稿したところ「そんなん上手くいくか!」とご指摘をいただきました。葉っぱを残しすぎだそうです。今日、枯れているのを発見しました。抜いてみると片方に1本だけ根は出ていたのですが、水やりをサボりすぎ枯死させていました。

というわけで、高良山から戻りホームセンターで育苗用のプラ鉢を300円で買ってきて、再挑戦です。前回はふだん日が当たらないところがよい、とのことだったのでトイレに置いていたのですが、やはりトイレでは可哀想なので、浴室で管理することにします。

 

高良山に登る。

オカルト系日記と認識されるのも嫌なので黙っていましたが、じつは大学の先輩の弟さんが北陸の地震で被災されました。ご子息ともどもホテルに戻っておらず、行方不明でした。お百度参りは無理でも10回参りならと続けてきましたが、10回参りの当日、壊れたレンタカーと車内に残った荷物だけ発見されたとのこと。

結局、行けるかぎり足をはこぼうと考えて、その後も高良山に登っています。

今回は、前回3月16日に歩いた虚空蔵堂から吉見岳コースへ合流する道の再調査が主目的です。

やりうどん 久留米店 - 西鉄久留米/うどん | 食べログ

朝、出かけようと玄関ドアをあけたら沈丁花の鉢植えが転がっており、あわてて強風対策をしました。鉢植えをいじっている途中でトイレに行きたくなり用をすましてふと見ると、今度は挿し木の鉢植えが枯れています。

あれこれやって予定より30分家を出るのが遅れました。

1本あとの電車で西鉄久留米駅に着きます。とりあえずバスが来るまでの時間に、駅内のうどん屋でかつ丼とうどん(わかめトッピング)をいただきました。

「紫山住宅前」バス停で路線バスを下車し、まずは高良下宮社にお参りして今日の無事についてお願いをします。鳥居の扁額は「高良玉垂命神社」とあります。福岡県神社誌に社号変更についての記載はありませんが、明治になり神社として届け出たときの社号なのかもしれません。または、玉垂命を祀る中央のお宮を示す扁額ということも考えられます。

御井寺さんの裏手にある階段から、まず磐井城跡のお堂を目指します。

ここでも、道中の無事やあれこれを手を合わせてお願いします。

廃仏毀釈のときに神道家やその関係者がルサンチマンの標的としてしまい、破壊された仏さまが多数並べられていました。ほとんどは首を接いで元の姿に戻っていますが、腕がないものもありますし、なにでカチ割ったのか胴体にひびが入っているものもあります。

3月16日、虚空蔵堂と吉見岳コースの合流点であると記した場所に戻ってきました。

前回、虚空蔵堂からおそらく道跡だろうと思われるところを歩いていたらたどり着いた休憩所です。虚空蔵堂からこの休憩所まではなんとか識別できるのですが、ここから吉見岳コースに合流する道が、よくわかりませんでした。

おそるおそるGPSをたよりに墓地を直進しましたが、そんな道が登山コースなわけがありません。

今回歩いた経路が青前回3月16日の経路が赤です(ブレているのはGPSの誤差)。

行きつ戻りつ踏み跡を確かめてみると、おそらく墓地の東側(天理教の教会側)が、ほんらいの登山コースだったのだと思います。ただ、被災した結果なのか破棄された結果なのか倒竹でふさがれており、複数回枯れた竹を持ち上げて下をくぐるか、またがないと歩けません。墓地の西側(上記画像だと左側)に踏み跡が出来ており、おそらくこれが現行の迂回ルートだと思われます。
ただ、いずれにしてもほとんど利用者は居ないようで、間違っても初心者向けのルートとは言えません。

しっかり基礎も出来ており、むかしはそれなりに利用者がいたのだろうと思われます。もったいない気もするのですけどね……。

吉見岳コースを登っていき、展望所付近までやってきました。

吉見岳の展望所にやってきました。山桜?が咲いています。

いつも雲仙や佐賀方面ばかり書いていたため福岡市がどう見えるか質問がありました。

福岡市方面はちょうど山で隠れてしまい、じつはここからはよく見えないのです。

麓にある御井小学校の生徒さんが卒業記念に植樹した「神代曙」に、花芽がついていました。うまくいくと4月の初めごろには、花が咲くかもしれません。

琴平神社にお参りします。

境内にあるこの片流れの桜の木は、私が学生のころ、参加していた同人誌の表紙に使わせてもらったことがあります。あれからだいぶ樹勢もおとろえ、むかしほど花も花芽もついていません。桜の木は接ぎ木取り木で増やすため親から寿命を受け継ぎやすく、樹木としては比較的寿命は短めになります(染井吉野がまさにその例です)。これを避けるには実生、つまり種から育てるしかないのですが、そうなると品種が変ってしまいます。なかなか難しいところです。

16日、車がずり落ちていた場所に来ました。どうやって引っ張り上げるのかと思っていたら、なんと石段を外して土を盛って坂をつくり、引っ張り上げたようです。

石段がまさかこのままと言うことはないでしょうが、いつごろ修理されるのでしょうかね……。

高良大社に着きました。

今日はどういうわけか、女性とお子さん連れが多い印象をうけます。

車道(耳納スカイライン)を歩き、奥宮にもお参りしました。

天候が良いためか、今日はどこの東屋も休憩所も誰か先客が居ます。

竹の子コースを下って2階建ての東屋まで来てやっと、先客なしで空間を独り占めできました。

お菓子と缶コーヒーで休憩します。

後谷登山口まで下りてきました。

桜の花の背後に、赤い椿が見えます。そして少し歩けば田んぼは菜花がいっぱい。

春がやってきていることを感じながら、「竹の子」バス停まで歩きました。

今回は5kmちょい歩きました。