どこをめざすか。それで答えはかわります。
経済も寿命も両方ナンバーワンを維持するのは無理なのであり、経済ナンバーワンを目指すならせいぜい米国に近づくしかないが、そもそも日本の保守層に寿命を犠牲にして経済ナンバーワンを目指す覚悟などありはしない。
日米以外の先進国の代表としてドイツの推移を青線で色付けして示したが、ドイツは日本とドイツの中間的な地位、それも米国に近い地位を占めてきていることが分かる。
なにかあると参考になるデータはないか調べる「社会実情データ図録」に、なかなか興味深いデータが掲載されています。
GDPと平均寿命の相関について触れたもので、これをどうみるかです。
- 経済成長を犠牲にして手厚い社会保障が行われているのが問題。度を過ぎた社会保障を維持してきたのが失われた30年の原因。社会保障の見直しにより経済成長力を確保する。増税でもアベノミクスでカネを刷りまくることでもなく、国民皆保険と年金の見直しで成長原資を確保するのが正解。貧乏人に生きる資格はない。
- 世界最高水準の社会保障と平均寿命を維持することが優先。「盗れるところから盗る」をあらためて徹底して累進課税を強化し金持ちからどんどん盗りまくれ。内部留保課税(という名の財産税)でもなんでもどんどんやれ。
このいずれかに向かうしかありません。
そりゃあ評論家の論調も割れるでしょうし、どちらを優先するかで国民の意見も割れます。投資家・投機家はとうぜん経済成長が最優先でしょうが、低年収層やインフレが目の敵の年金ジジババは社会保障を維持しろと暴れます。
「お前らは経済オンチ!わかってない!」と互いを罵りながら(笑)、結局どうしたいのか決められず、どうにもならず沈没していく姿が目に浮かぶようです。
とはいえ、トランプVSハリスの戦いをみればわかるとおり、アメリカさんもいつまでこの調子でいられるかは不透明です。あと2、30年はさすがにパクスアメリカーナの時代でしょうが、いまの20代30代はもう少し目線をかえるべきではないか?という気がします。
ただ、それはインドではないでしょう。
ふるくは米ソ冷戦、日米貿易摩擦、そしていま中国がやりだまにあがっているように、自分の存在を脅かすものを屈服させて、アメリカはパクスアメリカーナを維持してきました。
いまインドが伸びれば同じように叩かれるだけです。
安易に「インド投資が熱い!」というネット情報をうのみにするのもどうかな?という気はします。これからどういうかたちでインドが叩かれるようになるか、そこまでは見通せませんが……。
14日の記録。
昨日のおまじない用に購入した紅花とマリーゴールドをまったくほんらいの目的でひとつも使わず(次回以降のため)冷凍庫に保管しておくのもどうかと思い、寝る前に丹参といっしょに煮だしておきました。笑っちゃうほど煎薬のかおりがします。まずいです。丹参だけでも血液サラサラ血圧降下を目標に飲んでいるひとがいるのに、さらに紅花とマリーゴールドですから、こんなもん常飲したら交通事故に遭うと血が止まらなくなるでしょう……。
コス◎スをはじめ薬局チェーンがこの時期になると「温活」とか言って女性の冷え症対策に芎帰調血飲第一加減を薬局ですすめていますが、温める要素の主薬が紅花です。メインを単味でのめば数百円で買えるのに、製品になると値段が10倍以上に化けます。加工すれば加工するほど工賃が上乗せされるからです。
そりゃあ薬局も単味を50gだけ買いに来た客にしつこく高い薬を勧めたくもなります。
鶏肉のパックから数切れ出して、朝はラーメンの具にしました。水筒に煎薬をつめて持参します。さすがに煎薬を神棚にお供えするわけにはいきませんので、神棚は水で我慢してもらいます。
鍋にするといろいろ具材を買ってきてせっせと数日かけて食わないといけなくなるため、朝ののこりの鶏肉とつみれは天ぷら鍋で唐揚げにすることにしました。
晩飯は唐揚げとラーメンをいただきました。
「虹の橋を渡る」
いつも拝読しているブログを読んでいて、なににご立腹かさいしょわからなかったのです。
どうやら「虹の橋を渡る」というのは「あの世に行く」を遠回しに言う言葉というだけでなく、ペットに使うもの、という暗黙の了解があるようです。人間に使うのは間違いだという指摘があって、それにご立腹のようでした。
この世を去ったペットたちは、天国の手前の緑の草原に行く。食べ物も水も用意された暖かい場所で、老いや病気から回復した元気な体で仲間と楽しく遊び回る。しかしたった一つ気がかりなのが、残してきた大好きな飼い主のことである。
一匹のペットの目に、草原に向かってくる人影が映る。懐かしいその姿を認めるなり、そのペットは喜びにうち震え、仲間から離れて全力で駆けていきその人に飛びついて顔中にキスをする。
死んでしまった飼い主=あなたは、こうしてペットと再会し、一緒に虹の橋を渡っていく。
気づいたらいつのまにか「虹の橋を渡る」という表現がつかわれるようになっていました。目にするようになったのはここ10年くらいでしょうか。とくに自分より若い人がふつうに使うのをみて、「聖書起源?だったら辞書に載ってるはずだけど、どこにもないから外国の歌かなにかが発祥?」と漠然と思ったものです。
wikiを眺めてみると1959年に書かれた詩が元ネタとのこと。原詩では「飼い主を待っている動物が人と一緒に天国にかかる虹の橋を渡る」というわけで、虹の橋をわたるのは人も動物も関係ないことがわかります。
むしろ動物だけで虹の橋を渡るわけではなく、飼い主の到着を待って一緒にわたるわけですから、動物がさきに亡くなるときに使うほうが間違いともいえるでしょう。
このブログをよみ、ふと思い出したのは「三途の川」のお話です。
善人は橋を渡り悪人は邪魔されながら急流を自力で渡らないといけません。
とはいえ、だいたい時代劇の影響か「三途の川を渡る」というとろくでもない奴が殺されるというニュアンスを含みます。「三途の川」に余計なニュアンスがついてしまったから、さすがに表現として使いづらくなり「虹の橋を渡る」という表現が普及していったのかもしれません。
まぁ、飼い主が極悪人で天国なんてぜったい行けない野郎だったらどうするんでしょうね。
そういうことを考えるような心の腐りきった人間だから、私はダメなんでしょうけど(笑)
絶対にたまきんに屈するなよの大合唱にうんざり。
年収が103万円を超えると所得税がかかる「年収の壁」の見直し議論を巡り、仙台市の郡和子市長は12日の定例記者会見で、実現した場合には最大で300億円程度の税収減が見込まれると明らかにし、「影響が大きい」と述べた。郡市長は他の政令市長と協議し、政府に意見を伝える方針だ。
「103万円の壁」見直し、仙台市は最大300億円税収減か…市長「減収分の担保ないときつい」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
財源が足らなくなれば分限処分して事務規模を縮小するしかありません。
できないものはできないし、雇うカネがないなら維持できない。当たり前です。
国家財政と地方財政の維持と、若者からの収奪強化をやめるのとどちらが優先か?
吠えちらかしている知事や市長、議員をリストアップして次の選挙で落選運動するしかないでしょう。
たまきんはいい引き金をひいたと思います。