美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

5月27日の日録

27日の運動経路

27日の夜、久しぶりに黒崎に出ました。

以前のお仕事でお世話になったかたと数年ぶりのお酒のみです。

知人事務所に車を停めさせてもらったままJRで黒崎駅まで出て、集合予定の18時まで時間があったので、2社、神社めぐりをしました。約3kmほど歩きました。

熊西2丁目バス停で路線バスを下車して、一宮神社を訪問します。

一宮神社・神武天皇の磐境神籬・岡田宮あと : ひもろぎ逍遥

仲哀天皇は下関の忌宮神社に約6年も滞在して、いったい何をしていたのか。
記紀はその事情を語りませんが、その答えは北九州の各神社の伝承に残っていました。
その期間は軍船を造っていたのです。

ここは、このあと訪問する岡田神社の元宮にあたる場所です。

若いころ、神武東征神話はほんとうにあったのだと考えていましたが、さすがに神社を千社以上まわってみて、だいぶ考えがかわりました。玉垂宮神秘書の言うとおり、住吉三神が表筒男尊(安曇磯良)、中筒男尊(崇神天皇)、底筒男尊(高良玉垂命)であるなら、この地で仲哀天皇こと足仲彦の部下として滞在し、せっせこ軍備増強にはげんでいたのが崇神天皇ということになるからです。

つまり、崇神天皇とその子 応神天皇以前の物語は、物語としてつながるよう順番入れ替え・創作・ねつ造した「偽史」というのが、いまのところの理解です。神武天皇・懿徳天皇・孝霊天皇・孝元天皇・開化天皇(=玉垂命)の名前に「やまと」を含む九州王朝の系譜に現王朝の先祖を挿入して改ざんし、つじつま合わせを放棄したのが「欠史八代」の真相だと考えています。

 ここには神籬磐境(ひもろぎいわさか、古代の斎場)が残っています。ここで足仲彦や神功皇后、そして関係者のみなさんが、祭祀を行っていたのでしょう。崇神天皇が単独で使用されたものかもしれません。

境内に可愛らしい神社猫が居たのですが「こっちを向いて」と口に出すと、iPhoneをかまえたら必ずそっぽを向きます。エサで釣るべきだったかな……。

途中、旧長崎街道の面影をのこす「曲里の松並木」にさしかかります。

長崎街道 曲里の松並木案内板 北九州市

長崎街道と筑前六宿
江戸時代には五街道と脇街道があり、長崎街道は九州で唯一の脇街道でした。57里(約228km)のこの街道には25ヶ所の宿場があり、このうち福岡藩内の黒崎、木屋瀬、飯塚、内野、山家、原田の各宿は筑前六宿とよばれ、大変な賑わいをみせました。
長崎街道は当時鎖国体制の日本で、唯一外国との文化交流やの窓口であった長崎から西洋の文化や新しい技術などを日本に伝える文明の道として重要な役割を果たしていました。

長崎街道 黒崎宿とは
黒崎宿は、福岡と小倉両藩の境界にあり、長崎街道における筑前側の玄関に位置します。福岡藩では唯一、上方への渡海船(乗合貨客船)が発着する港を持つ宿場町です。江戸時代後半には、東構口から西構口までの町部に、これら諸藩の御用達の定宿、藩主の別館としての御茶屋(本陣)や町茶屋(脇本陣)が設けられていました。

市指定史跡 曲里の松並木 昭46.4.21指定
江戸時代の狂歌師大田南畝(蜀山人)は「坂を下るに赤土の崖あり。松の並木の中をゆくゆく坂を上り下りゆけば、左に黒崎の内海(洞海湾)見ゆ。」とその紀行文「小春紀行」に、このあたりの様子を記しています。
この松並木は幕府が全国の街道に松や杉を植樹させた名残で、黒崎から木屋瀬にかけて昭和20年ごろまでは多くの松を残していましたが、今はわずかにこのあたりが昔日の長崎道の面影をとどめているのみです。昭和30年代には街道松は57本ありましたが、昔の松は現在2本を残すのみとなっています。
なお、北九州市指定史跡範囲は旧街道緑地の一部(幅20~30メートル、長さ310メートル、面積約8,000㎡)です。
平成11年(1999)の台風で倒れ枯死した松は、樹齢推定143年で、その根株は、江戸~平成の5つの時代を生き抜いたとして保存されています。

岡田宮-北九州でのお祓い・七五三・お参りは岡田宮へどうぞ

神武天皇日向国より東征の途次、当宮に詣り天神地祇の八神(八所神)を奉斎し、この地に留まり給う由「古事記」にあり。

神武東征に出てくる岡田宮(岡田神社)です。

金鵄(きんし)と八咫烏(やたがらす)が参道で神社を守っていました。

黒崎駅に伸びる参道は、以前よりもだいぶ空き地が増えた気がします。あと、どこもそうですがパチンコ屋さん繁昌してます。

JR黒崎駅に戻ってきました。

筑豊電気鉄道株式会社

筑豊電気鉄道 - Wikipedia

筑豊電気鉄道株式会社(ちくほうでんきてつどう)は、福岡県北九州市八幡西区から直方市に至る地域で鉄道を運営する鉄道事業者。

公式には「ちくてつ」となっていますが、子供のころほかの大人は「ちくでん」と呼んでいました。待ち合わせ場所を勘違いしており、ちくてつ乗り場の椅子にすわって待っているとLINEが来て、待ち合わせ相手のほうが迎えに来てくれました。

筑豊電気鉄道5000形電車 - Wikipedia

アルナ車両製のリトルダンサーUaタイプ、3車体2台車型の連接車で全長は17.6m、定員は87名。床面を従来車両より約40cm下げることでホームとの段差をほぼなくした同社初の超低床電車で、運転席前の正面ガラスには曲面ガラスを採用し、かつ傾斜させたエクステリアデザインとしている

ちょうど、5000形電車が入線してくるところでした。

リトルダンサー (路面電車) - Wikipedia

リトルダンサーは、アルナ工機および同社から事業を継承したアルナ車両・東芝・住友金属工業(現・日本製鉄)・東洋電機製造・ナブコ(現・ナブテスコ)で共同開発された、超低床型路面電車シリーズの愛称である。

アルナ工機の「リトルダンサー」そのものは、ちくてつの数年前に導入した長崎の路面電車で乗ったことがありますが、まだちくてつでは乗ったことがありません。いずれ乗ってみたいとはおもっているものの、なかなか直方に足が向きません。

「黒崎花楽」

黒崎花楽 (【旧店名】のみっこたべっこ花楽) - 黒崎駅前/居酒屋 | 食べログ

今回はいったお店です。写真まったくありません。

撮るひまがありませんでした。

いわゆる死にたてぴちぴちではなく、ちゃんと血抜き処理して数日かけて熟成されたお刺身は旨味がふかく、舌の上にのせただけで違いがわかります。さいきん美味い刺身を食っていないとお嘆きのかたに、ぜひおすすめしたいお店です。

カレー粉の入った塩でいただくキスの天ぷらも、衣でしっかりと旨味が封じ込められ、職人さんが時間をかけて仕込んでいるのがわかります。仕事の手抜きがありません。

アサリバターもおもわずふたりで汁をすすってしまいましたし、焼きハマグリの焼き加減も絶妙。カレー粉入りの塩でいただく「上ミノの天ぷら」も、お酒がすすみます。

「一週間前に電話してカウンターしか残ってなかった」と相手さんが言うほどの人気店なのも、これなら納得です。

寒北斗酒造|30年後の還暦にも、福岡で一番美味い酒

天心 - 溝上酒造株式会社 - 北九州の日本酒の蔵元

お酒は「寒北斗」と「天心」を冷酒でいただきました。

ていねいな仕事の料理と、純米酒で間違いのあろうはずがなく、ほんとうに楽しい時間を過ごさせていただきました。

またどこかで機会があればお伺いしたいですね。

これを読んでいるリアル知人のみなさん、たまにはこういう店で慰労大歓迎です。全額オゴリでお願いします。m(_ _)m