美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

東京行ってきました!(^◇^)

1月に出張で東京に行ったのですが。
それに引き続きまして。
今日は、なんと朝6時50分に家を出て、日帰り強行軍で「沈黙」を見に行ってまいりました(^◇^)。
 
JRと地下鉄で空港に行って、羽田行きに乗って、羽田に11時に着いて、めし食って、モノレール乗って、地下鉄乗って、京王線乗って初台の新国立劇場へ。
 
で。肝心の演目の感想ですが。
 
93年の初演は日生劇場だったんですが、このときは行ってないんです。いろいろとあって。その後、NHKが教育テレビで放送してくれたのでそれで見ましてね。知人が、ビデオに録画してくれてたんで、それで再度見返して。
正直、よくわからなかったわけです。
 
それから、カメラータ・トウキョウからCDで初演を別に収録したやつが出た。
 
当然ですが、音質ははるかに良いわけで。
聴きやすくなると、それだけアタマに入ってくる情報量も増えるわけです。
 
じっと聴いてるうちに、こりゃすごい、やっぱり松村さんはすごいや、と思いまして。
 
2000年、2005年と再演されたんですが、なかなか仕事の休みがとれなくて。
 
本当に久しぶりだし、これに行けなかったら、いつ行けるんだ、ということで、やっと重い腰をあげたわけです。
 
実際に生で観劇して感じたのは、ホント隅から隅までオペラというより演劇っぽい。むろん、これが悪いわけじゃありません。テーマがテーマですから、簡単に白黒つくものじゃないし、歌うだけで終わるような薄っぺらい台本になりっこない。
 
「なぜ、ここまでしてこの人たちは神を信じているのだろう。そりゃあ何かにすがらないと生きていけないのかもしれないが、そのすがる相手に見殺しにされる道を、なぜ幸福と言い換えて勝手に満足してるんだろう、なぜ?」とずっと考えつづけた約3時間でした。
歌手も指揮の下野さんも東響のみなさんもみんな素晴らしかったけれど、後半の、転ぶようロドリーゴを説得する場面、歌いだしを教えるプロンプターの声のでかいことでかいこと。あれだけはちょっといただけませんでしたね。
あと、プロンプターのでかい声のあとのクライマックスの部分(15幕)が、前半が思わず半泣きで舞台を眺めてしまうくらい出来がよかっただけに、少し弱かったかな、という気がする。
「なにか言え!言ってください!」と神様に叫ぶ。楽譜がどうなってるのか全くわからないけれど、ここはもっとためてくっきり出来なかったもんなんだろうか。
ここは、難しいんですよ。どう考えても。
 
最後の、踏み絵を踏んで転ぶ場面にしても。
 
ロドリーゴ役の歌手の演技と歌だけで、神が転ぶのを赦す、いや、転ぶことが信仰そのものなんだと示してみせる一番の見せどころですもんね。
 
この難しさはわかるけど、もう一段上の解決を示してほしいなあ……下野さんもまだ若いんだし、ぜひ、数年後にまたチャレンジしてもらいたいもんです。
 
やっぱり、実演はいいね。いろんなことがわかる。
 
最後に一点だけ。
 
これ、長崎のキリシタンの殉教・棄教の話なんですよね。
長崎の話を福岡の者が東京まで行って聴かなきゃならん。どうなんでしょうね。まあ、地方でやっても集客力に問題があると判断してるのかもしらんけど、もう少し地元ネタを扱う名作に優しくしてもバチはあたらんと思うんですけどね……。
それが九州のクラシック音楽業界の限界なんでしょうな。しょうがない。
 
そもそも「沈黙」ってなに?というかたのために、wikiのリンクを貼っておきますね。
あらすじとかはそちらからどうぞ。
wikipedia:沈黙_(遠藤周作)