美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

嘉麻市上臼井 日吉神社


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

f:id:bifum:20210410145251j:plain

f:id:bifum:20210410145853j:plain
f:id:bifum:20210410145230j:plain

以前の仕事場からほど近い場所にある日吉神社です。てっきり大山咋を祀るものだと思っていましたが、御祭神にありません。

その代わり、吾勝命こと、天之忍穂耳が居ます。大山咋の父親です。

そして、国狭槌命(くにさつち)と惶根命(かしこね)と書かれてもピンと来ないかもしれませんが、金山彦(加具土命)と埴安姫夫婦です。八岐大蛇伝承では、アシナヅチ・テナヅチとして登場します。国常立命とは、博多のお櫛田さんこと大幡主の別名であり、熊野信仰でいう速玉男命であり、埴安姫の兄でもあります。

事解男命:玄松子の祭神記

死んで黄泉国にいかれた伊邪那美神を、伊邪那岐神が追っていったところ、 すでに伊邪那美神の遺体は腐ってうじがたかり、遺体の各部に八雷神が生まれていた。
『古事記』や『日本書紀』本文では、伊邪那岐神は慌てて逃げ帰ったと記されているが、 一書には、穏やかに「もう縁を切りましょう」と言い、「お前には負けないつもりだ」と言って唾を吐いた。 その唾から生まれた神が速玉男命。次に掃きはらって生まれた神が泉津事解之男。

朝倉郡筑前町当所 当所神社 - 美風庵だより

イザナミについては、イザナギと別れたあと、速玉男の妃となります。

天照大神と高木大神のドラ息子ニニギが混じっているのが気になりますが、ほぼ神話時代のオールスターが勢ぞろいでお祀りされているわけです。居ないのは大山祗(月読命、田主丸のさんやさま)くらいのものです。

この神社、いったいいつからある神社なのでしょうか?

御祭神の顔ぶれだけみても、相当古いものとしか思えません。久しぶりにすごいお宮を訪問することができました。

f:id:bifum:20210410145718j:plain
f:id:bifum:20210410145729j:plain

神社の裏手は古墳で、6世紀後半のものという案内板をみて「そんなはずがあるか!」と思わず言いそうになります。日吉神社(日吉大社)は、基本的に大山咋(大物主)とその義父大己貴(大国主)を祀る神社なわけですが、その基本形から外れているということは、後代、祭神を通説に従って整理しなかったということなのです。

朝倉市長渕 日吉神社(山王神社) - 美風庵だより

以前、朝倉市長渕の日吉神社(山王神社)を訪問しました。このころはまだ国狭槌命が金山彦の別名であると気づいていませんでしたし、あれでもかなり古い原型を保った古社だと感じ入ったものでしたが、さらに上が居ました。しかも元の仕事場から徒歩圏内に。

大山咋(大物主)からみて、義父と実父に関わる関係者がずらりと並び、母親の先祖であるアシナヅチ・テナヅチが別名でお祀りされています。日吉神社のはずなのに、大山咋本人が居ない……。

f:id:bifum:20210411165312j:plain

南東側に「琴平山」という里山があり、頂上に「大三輪社」があります。以前は、昼休みに何度か散歩がてらあがっていたのですが、福岡県神社誌に記載の「大三輪社」というのがこれのことだとすると、御先祖様たちとは別に、本人だけもっと高いところに、独りでお祀りされているということなのでしょうか?

飯塚市入水 日吉神社 - 美風庵だより

飯塚市筒野 日吉神社 - 美風庵だより

飯塚市高倉 日吉神社 - 美風庵だより

以前、近隣の日吉神社をいくつか取り上げましたが、これらよりも古いかもしれません。まだまだ近隣には未訪問の日吉神社があります。ひととおり足を運ぶ必要がありそうです。

福岡県神社誌:上巻366頁
[社名(御祭神)]日吉神社(大己貴命、国常立命、吾勝命、国狭槌命、伊弉冉命、瓊瓊杵尊、惶根命)
[社格]村社
[住所]嘉穂郡碓井村大字上臼井字宮ノ後
[境内社(御祭神)]大神宮(八幡大神、天照大神、春日大神)、須賀神社(素戔嗚命)、猿田彦神社(猿田彦命)
[摂社(御祭神)]大三輪社(大物主神)
[末社(御祭神)]記載なし。
(2021.04.10訪問)