美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉郡筑前町当所 当所神社


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地元では宝くじ当選祈願で有名な神社です。

福岡県神社誌をだいぶ探しましたが、当所神社についての記載を見つけることができませんでした。いろいろ混乱があるとみえて、赤貧が引用しているゼンリン「いつもnavi」の地図でも、神社裏手の仏堂が熊野神社と表記されており、正確ではありません。

社殿には地元氏子さんの手による由来書きもあるのですが、いつ創建されたか、なぜこの御祭神なのかといった記述はみられませんから、おそらくは誰も細かい部分は判らない可能性があります。

となれば、元々は熊野神社と名乗っていたということだけを手がかりに、考えてみるしかありません。

以下、しょうじき手抜きなのですが先行研究である「玄松子の記憶」から要所を引用しつつ、書いてみることにします。
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www.genbu.net意宇川の500m上流に「上の宮」があり、ここは「下の宮」だった。『雲陽誌』には、「速玉・事解男・伊弉冉三神を上の社、天照大神・素盞嗚尊・五男三女を下の社」とあり、上の宮は熊野三社、下の宮を伊勢宮と呼んでいた。
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熊野神社の御祭神は、神社によってさらに増えますが、速玉男(ハヤタマオ)、事解男(コトサカオ)、伊弉冉イザナミ)の3人が基本です。
 
イザナミについては誰でも名前くらいは知っていますが、あとの2人が、よくわかりません。男とついているからには男性なのだろうくらいの話です。
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事解男命:玄松子の祭神記

死んで黄泉国にいかれた伊邪那美神を、伊邪那岐神が追っていったところ、すでに伊邪那美神の遺体は腐ってうじがたかり、遺体の各部に八雷神が生まれていた。

古事記』や『日本書紀』本文では、伊邪那岐神は慌てて逃げ帰ったと記されているが、一書には、穏やかに「もう縁を切りましょう」と言い、「お前には負けないつもりだ」と言って唾を吐いた。その唾から生まれた神が速玉男命。次に掃きはらって生まれた神が泉津事解之男。
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とあり、イザナギさんとイザナミさんがケンカ別れ(離婚)したあとにくっついた男だろうと、おぼろげには理解できます。「縁を切ろう」といって「負けるか!」と言って、新しい男に唾を吐いたわけです。すると速玉男が新しい夫(彼)ということになります。

掃きはらって生まれるのが事解男だから、離婚(手切れ)の仲介をした男ということです。

通説では、こういう話を無視して、スサノオイザナギイザナミの3人としているところが多いように感じます。日本書紀に沿って夫婦と嫡子がお祀りされているとするのが、たしかに無難です。しかし、事実を伝えてはいません。
 

熊野神の正体については、通説は間違っているとは思うものの、これ、と考えがいまだにまとまっていないため、再度、考えがまとまり次第、日記にて公表しようと思います。日本書紀イザナミさんが腐乱死体のお化けみたいな書かれ方をしているところをみると、ろくな別れかたはしなかったのでしょう。
(2019.08.02訪問)