不急不要の外出を自粛するよう要請があるなか、自転車で神社めぐりをする。
「3つの密を避けよ」というが、神社めぐりは「ほぼ屋外活動」で「人に会うことがほとんどなく」「他人と密接になる可能性がほぼない」行動である。要は、独居孤独死予備軍のぼっち行動なので、まったく問題はない。それに健康維持のため運動は必要である。
善導寺で折り返し約30kmを走った。
3月21日に訪問しきれなかった神社を巡回していく。
あいかわらず総資産は△91万円と本当に悲惨な状況である。新型コロナウィルスで外国並みに死人が出るようになったら、機関投資家である生命保険会社が株を処分する可能性がでてくる。そうなると、日経平均は底が抜けることもあり得るわけでじつは窮地なのだが、数年間塩漬けを覚悟して放置せざるを得ない。
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うなぎ処 柳栄館【りゅうえいかん】 - 久留米市田主丸町 うなぎ屋
途中、3月21日にも訪問した「柳栄館」で、今度はせいろ蒸しをいただく。
前回はうな重をいただき、かなり強めの焼き加減に驚いた。むろんそれは悪いことではない。しっかりと焼き、うなぎの脂が焦げた匂いを客が堪能できる。うなぎは匂いと脂のこくを楽しむ食べ物なのだ。
せいろ蒸しを食べてみると、この焼き加減の理由がさらに見えてくる。
しっかりと焼いたかば焼きの下にご飯を敷いて蒸すことで、うなぎの脂がごはんに染みわたる。せいろ蒸しはもともと、うな重よりもさらにごはんを美味しくいただくための食べ方である。また、蒸すことで皮が柔らかくなり、うなぎそのものもふっくらと仕上がる。
脂がごはんに落ちるため、うなぎそのものの味はどうしてもただの蒲焼きに負けてしまう。それが嫌なら普通にうな重を食べるべきなのだが、両者を食べ比べてみたほうが、調理人の考え方がはっきりする。
うなぎを食ったあと、複数の神社をめぐり、最後に善導寺を再訪する。
帰宅して、サルバトーレ・アッカルドをソリストに迎えたクルト・マズア指揮ゲヴァントハウス管のブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第3番」を聴きながら、神社めぐりの感想を書く。wx-051には不満もあるが、書斎のサイズ(5畳程度)を考えれば、充分すぎる性能である。マックス・ブルッフはもっと評価されてよいと思うのだが、なかなかはやらないのは、なぜなのだろう?