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久留米市北野町大城 豊姫神社(豊比咩神社) 再訪


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久留米市北野町大城 豊比咩神社 - 美風庵だより

昨年6月以来の訪問です。

久しぶりにこの地を訪れて、豊玉姫とは結局何者なのか、考えてしまいました。

以前の日記に書いた伝承を信じるなら、まず、玉垂命が神功皇后のために行宮を用意して出産に備え、行宮で御子(応神天皇)が生まれます。そして、神功皇后は、道主貴(みちぬしのむち)と玉垂命が称えた豊玉姫命をこの地にながくとどめられたことになります。

あちこち神社を訪問させていただいているうちに気づいたのですが、まともに受け取ると、世代が逆転しています。どう考えても豊玉姫のほうが年上で、しかも2世代くらいずれているのです。

恐らくは、道主貴と称えられた豊玉姫(別名 田心姫:たごりひめ)の祭祀があった蚊田郷を選んで、玉垂命は神功皇后を迎える行宮を用意し、応神天皇の乳母として鵜葺草葺不合命(うがやふきあえず)の子 豊姫(ゆたひめ=河上大明神=與止日女)を迎えた、という話ではないかと考えます。つまり、鵜葺草葺不合命をはさんで祖母と娘の名前が似ていることから、わざと混同させる創作をしたのではないかと思うのです。

豊比咩神社については、元々どこにあったのか、複数の説があります。

(1)天満宮境内社姫神社 福岡県久留米市上津町字本山2077
(2)豊姫神社 福岡県久留米市北野町大城字大屋敷1115 ※今回の訪問地です
(3)八幡神社 福岡県久留米市北野町赤司1765
(4)豊姫神社(旧県社、戦後廃社) 福岡県久留米市御井町※現在高良大社に相殿として祭祀
(5)宝満神社 福岡県みやま市高田町北新開270

赤貧が過去に調べた範囲でも、これだけ存在するのです。有力とされているのは(2)(3)(4)でしょうか。(2)と(3)は、豊玉姫(田心姫)の本拠地である点を考慮した主張でしょうし、(4)は、豊姫(ゆたひめ)が玉垂命の妃のひとりである点を考慮した主張といえます。

伝承が意図的に混同しているため、何が本当なのか、わからなくなっているのです。

以前の日記では、伝承を鵜呑みにしていたため、世代の逆転に気づいていませんでした。豊比咩神社は本当はどこにあったのか、まるで推理小説のようですが、もっと考えてみないといけません。

久留米市北野町赤司 八幡神社(赤司八幡宮・赤司八幡神社) - 美風庵だより

赤司八幡宮宮司家が玉垂命(水沼君)の子孫であるという主張を正しいとするなら、(3)が少し有利なのかもとも考えてしまいます。難しい……。

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[福岡県神社誌(抄)]中巻171頁
[社名(御祭神)]豊姫神社(豊玉姫命
[社格]村社
[住所]三井郡大城村大字大城字大屋敷
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.03.21訪問)