美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

朝倉郡筑前町高田 田神社(天神社・高田天満宮)


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筑前町教育委員会が設置した案内板には「高田天満宮」とあり、菅公と大神大明神(大己貴?)を祀るとされています。

福岡県神社誌では、ここは田神社であり、埴安命こと大幡主を祀る神社です。

戦後、御祭神の入れ替えが行われています。鳥居の扁額が「天満宮」ではなく「天神社」ということからして、ある時期までは大幡主についての記憶(遠慮)があったようです。

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社殿両脇には、向かって左手に宮地嶽三社大明神と彫られた石祠があり、右手には、仏像と男性3柱、計4体の御神像がある石祠があります。おそらくこれがお伊勢様、大日如来宮地嶽神社ということになるのでしょう。

大日如来は一時期、天照大神と同一とされていた時代があります。どうやら仏像が、大日如来天照大神だといえそうです。

飯塚市内野 老松宮 - 美風庵だより

昭和19年刊行の「福岡県神社誌」 – 宮地嶽神社

むかし、宮地嶽神社は「本社縁起日宮地嶽大明神阿部相丞、勝村大明神藤高麿、勝頼大明神助麿、云々」を祀る神社でした。決して、神功皇后だけを祀っていた神社ではなかったのです。となれば、この男神3柱は、三韓征伐で活躍した阿部相丞こと藤大臣、のちの玉垂命(筑紫君)と、その息子たち2人とみるのが自然です。

もう一度、宮地嶽三社大明神と彫られた石祠をよく見てみてください。下のほうの文字が切れています。無理やり切ってはめ込んで、いったい誰をお隠しになっているのでしょうか。おそらくこれが、大幡主でしょう。

現在でも過去の片鱗が残っている点があるとするなら、「大神大明神を祀る」としている点でしょうか。大己貴は大山祗の子ですが、大幡主の入り婿となり後継者として「大国主」を名乗ります。ここに、過去と現在とのかろうじて接点が見いだせます。

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[福岡県神社誌(抄)] 下巻412頁

[社名(御祭神)]田神社(埴安命)

[社格]無格社

[住所]朝倉郡三輪村大字高田字福正手

[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2019.09.21訪問)