美風庵だより

幻の花散りぬ一輪冬日の中

鷹尾神社と聖母宮と玉垂神社(1)

邪馬台国がどこにあったかについては諸説あります。そのひとつに、むかしの山門郡だったのではないか、というものがあります。いまでは、柳川市みやま市にわかれてしまい山門郡という郡名はなくなってしまいました。
山門郡旧瀬高町に、九州王朝説を支持する研究家が重視する玉垂神社があります。
19日、思いきって行ってみることにしました。ほとんどが初めて出向く場所ですから、車で行くとえらい目にあいます。朝7時過ぎに甘木駅から西鉄電車に乗って、現地に向かうことにしました。

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途中、花畑駅から柳川駅まで特急を利用し、西鉄中島駅で下車します。北に県道を10分ほど歩くと、以前にもこの日記で紹介したお稲荷さんと白峰神社と玉垂宮が見えてきました。

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玉垂宮めぐりをするようになるまで、筑豊で社殿に覆屋(鞘殿)が掛けられている形式をまず見たことがなかったので、初めてここを訪れたとき、びっくりしたのをおぼえています。

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拝殿のなかには古びた太鼓があります。

背後から見ると、頑丈な覆屋で保護されているのがよくわかります。赤貧の知る範囲だと、旧筑前国でこのような覆屋がかかっているのは、筑紫野市吉木の高良神社だけです。筑後に異常に多いのには、やはりなにか理由があるのだと思われます。

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さらに数分歩いたところに、鷹尾城跡の案内板があります。この地域一帯に平城が築かれていたようです。

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googleマップでは安房神社のみ表示されていますが、実際には二殿神社と合築されてお祀りされています。扉は開くことができ、手を合わせながらなかをのぞきこむと、御神体と思われる木像や石仏が並んでいました。ヒサカキがお供えされていて、線香立てもありました。横にお地蔵さんもあって、玉垂宮と違う、地元のかたの信仰の拠点となっています。

それにしてもここまで神社めぐりをしてみて気づいたのですが、ひとつも賽銭箱をみていません。珍しいことです。

(つづく)