美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

福岡市西区愛宕2丁目 鷲尾愛宕神社(愛宕神社)




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日本三大愛宕・福岡の守護神「愛宕神社」公式サイト

ここはいろいろなお守りがあることで有名な神社です。いつのまにか恋人の聖地として売り込み中のようで、毎度ながら境内は参拝者であふれています。

鷲尾愛宕神社 - Wikipedia

神社の創始は景行天皇2年(西暦72年)、鷲尾山に伊耶那岐尊・天忍穂耳尊を祀ったのが鷲尾神社(鷲尾権現)の始まりとされる。鷲尾権現は英彦山権現と同神で、里人の説に曰く「初め英彦山権現自体も鷲尾山に祀られ、後に英彦山に移られた」ともいうが確たることは不詳である。

もとは彦山権現と同神とされた鷲尾権現(わしおごんげん)を祀る神社でした。

江戸時代、福岡藩2代藩主黒田忠之が、黒田騒動を愛宕権現の霊験により乗り切ったことに感謝して、寛永11年(1634年)、京都の愛宕山白雲寺(現在の愛宕神社)より愛宕権現(伊耶那美尊・火産霊神)を勧請し、鷲尾権現のある鷲尾山に祀り、20余石4人扶持、山林1万坪、預かり山4万坪の社領が藩より奉祀されたという。これにより鷲尾権現は愛宕権現の境内末社とされた。(略)山自体も愛宕山と呼ばれるようになった

江戸時代に、愛宕権現に衣替えします。

しかし「日本三大愛宕」とは?京都の愛宕神社と、こことあともう1社はどこなのでしょう?

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神社の主張する氏子区域を確認しようと福岡県神社誌上巻を眺めていて、驚きました。全国的無量って……。

 

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さきに大山祗神社跡公園を訪問したため、今回の参拝は駐車場側(裏門)から行いました。

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愛宕神社

愛宕山は昔、鷲尾山といいました。景行天皇の時(西暦72年)に鷲尾神社がまつられたといわれています。その後、寛永11年(1634年)福岡藩二代藩主黒田忠之が京都の愛宕神社の神様を迎えたのがここの愛宕神社の始まりといわれています。願かけ・絶ちごとの神様として江戸時代から人気があり、たくさんの人がお参りにきました。現在でも、ほおずき夏祭り(大芽の輪くぐり)などの各行事は、全国各地から参拝者や観光客で大いに賑わっています。
愛宕山は弘安の役(1281年、2回目の元寇)の後、鎮西探題北条兼時が鷲尾城を築き、九州の防衛拠点とした重要な場所でした。また瓦経(土板に経文を彫ったもの)が出土した経塚(経典を後世に伝えるため、地中に埋めて塚を築いたもの)や恋物語伝説の残る蛇岩など、たくさんの歴史があります。

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裏側から境内にはいると、まず宇賀神社があります。福岡県神社誌では宇賀神社、国護神社の2社記載がありますが、現地では宇賀神社に宇賀魂神と日本武尊が祀られています。

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福岡タワーから香椎・アイランドシティ(人工島)方面まで一望できます。

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表参道のほうへ下りていく途中、地蔵堂とお稲荷さんがあります。神前にタバコがお供えされており驚いていると、どうやら宇之目稲荷というお稲荷さんは、愛煙家なのだそうです。

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伏見稲荷・宇之目稲荷の正面向かって右脇にお祀りされているのは、愛宕稲荷さんです。

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お地蔵さんや観音さまの横に……。

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こういう石像も庚申塔というのでしょうか。

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地蔵堂もひっきりなしにお参りのかたが訪れるため、全景を撮影するため、しばらく待ちました。正面向かって右の端に「白山宮・山の神」が祀られており、これが廃社された大山祗神社の御神体だったのかもしれません。

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正面の鳥居に出ました。

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愛宕神社

日本三大愛宕で大変有名。御創建は、景行天皇御代(西暦72年)で福岡最古の歴史を誇ります。御祭神は伊弉諾尊・伊弉冉尊・火産霊神・天忍穂耳尊・日本武尊・素戔嗚尊・宇賀魂神を奉祀。御神徳は、商売繁昌、厄除開運、家内安全、試験合格、縁結び等全ての御祈願の神様です。初詣は、世界平和・繁栄と幸せを祈り、「初日の出」の名所。神社最大の「初詣縁起大行列」が出来、大変な賑わいをみせます。福岡藩主黒田忠之公が献上されました開運の破魔矢と熊手は、特に名高い。福岡の新しい観光地であります。(文:愛宕神社)

福岡市が各地に建てている案内板で、なかなか(文:愛宕神社)と最後にあるのはおめにかかれません。PRの要素がつよいですからね……。

福岡県神社誌:上巻69頁
[社名(御祭神)]鷲尾愛宕神社(天忍穂耳尊、伊邪那岐尊、火産霊神、伊邪那美尊)

[由緒]当鷲尾愛宕神社は愛宕山(旧称鷲尾山、又は浦山とも称す)上に鎮座す。古鷲尾神社と称し、創立は社伝に拠れば凡そ一千八百五十余年前第十二代景行天皇即位十二年(紀元七百四十三年)伊邪那岐尊、天忍穂耳尊ニ柱神を当鷲尾山に奉祀せり。降つて第六十二代村上天皇の天暦九年に社殿の改築領田の寄進等あり、姪濱の住侶浦氏、濱氏御社の破壊せるを憂ひ浄財を募り改造せりと云ふ。而して当山の地主神として別当坊東林寺之に奉仕せるは蓋し世人の信仰如何に厚かりしかを知るべし。後年鎌倉時代、吉野朝時代、室町時代と延及するや幾多の戦乱に遇ひ神祠僧坊は兵燹に禍され、宝物、文書、神領も散滅し、独り東林寺のみ残喘を保てり。
其後寛永十一年(三百余年前)旧国主黒田藩第二代の祖忠之公山城国愛宕神社より御祭神火産霊神、伊邪那美尊ニ柱神を勧請奉祀し、社領を寄附し宮司坊圓満寺を開創して奉仕せしめたり。是より世人鷲尾山を愛宕山と称し参詣者月に加はり昔日の殷盛を見るに至れり。蓋し当時黒田藩に内訌あり、幕府の疑を受け忠之公幽居の難に遇ひし時、京都の愛宕祠に祈願し奇しき御霊験あり、間もなく青天白日の身となりて帰藩在城を許されたり。是に於て愛宕祠を中央に祀りて本社とし、鷲尾神社は境内の一隅に移し東林寺と圓満寺とを併合せり。斯くて鷲尾神社と愛宕神社とは元別社にして、愛宕神社創祀の際古社たる鷲尾神社を境内末社とせられたれども、鷲尾神社は末社となすべき神社にあらざるを以て明治三十四年九月ニ十七日願済の上両社を合併して鷲尾愛宕神社と称し奉ることとなれり。火徳の神、開運延命長寿の神として神威彌高く、遠近の参詣者益多きに至れり。
大正二年三月十九日村社に定められ、昭和六年七月十五日郷社に列す。
[社格]郷社
[住所]福岡市姪浜町字鷲尾
[境内社(御祭神)]宇賀神社(宇賀魂神)、国護神社(日本武尊)
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2022.04.03訪問)