美風庵だより

幻の花 散りぬ一輪 冬日の中

筑紫野市山家 甕冠神社


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ここも、昨日の寝手神社同様、福岡県神社誌に記載がありません。

社殿に案内板が取り付けられており、それを書き写してみることにします。

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甕冠神社の由来

山家地区大根地山の麓上西山部落の上に甕冠神社があります。
今から約七百年前(延文四年)肥後の忠臣菊池武光一家が筑後川を渡り大保原(現在の小郡市)近くの合戦でやぶれ大根地の大権現様に戦勝祈願をしたところ御利益あらたかにして敵将少弐頼尚大友氏時の連合軍を撃破しました。
菊池氏はこれにより大根地神社と甕冠神社とを合せまつり永くその祭祀を怠らなかったといわれています。
この甕冠神社の鎮座年号はわからないが寛永十一年(一六七一年)の再建で平島与兵衛と刻した大甕を奉納。これがため甕冠神社と称されるようになったとのこと。
商売試験等の開運の神として初午は山路をいとわず福岡飯塚朝倉方面からのお参りが多い。

氏子中

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大根地の大権現さまに戦勝祈願して甕冠神社を併せ祀り長くその祭祀を怠らなかったはずなのに、名前の由来が江戸時代とはどういうことか、なかなかわかりにくい由来書きです。この甕冠神社から大根地神社に向かう参拝路(登山道)が伸びており、おそらくここは地元民や足が弱いかたのための遥拝所として機能していたのでしょう。そして、江戸時代に平島与兵衛の手で、単なる遥拝所から立派なお宮にグレードアップしたと考えるほうが自然です。

赤い鳥居といい、拝殿から石段であがった本殿に御神狐像が並んでいるところをみても、一般的にはここはお稲荷さんだという認識であることがわかります。稲荷信仰は天細女(あめのうずめ)を倉稲魂命(うかのみたま)として祀る信仰であり、当初の大山祗(月読命)を祀る神社としての姿ではなく、神仏混合と修験道の影響をもろにうけた状態(大権現・稲荷大明神)で、この地にこの神社がつくられたことがみえてくるのです。

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福岡県神社誌:記載なし(発見できず?)
[社名(御祭神)]?
[社格]?
[住所]?
[境内社(御祭神)]記載なし。
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(2020.06.13訪問)