美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

京都郡みやこ町犀川大村 宇都宮神社跡




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三諸神社に向かう途中、立屋敷遺蹟の案内板のよこに、上記のとおり案内がありました。福岡県神社誌の無格社一覧にある宇都宮神社のようです。

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現地の案内板によれば、藤原道兼を祀っているとのこと。

藤原道兼 - Wikipedia

4月27日に道兼は関白宣下を受ける。ところが、ほどなく道兼は病になり、5月8日に没した。享年35。世に「七日関白」(在任は7日ではない、一説には奏慶(宮廷に関白として初参内)してから7日目であったからだともいう。なお、道兼は関白在任中に1度だけ陣定を開催している)と称された。死後、正一位太政大臣を追贈された。
下野国の豪族宇都宮氏が道兼の後裔を称し、『尊卑分脈』や「宇都宮系図」などにはそのように記されているが、これについては異説も少なくない。

宇都宮氏 - Wikipedia

藤原氏一族の藤原北家の藤原道兼の曾孫を称する藤原宗円が、源頼義、義家の奥州安倍氏討伐(前九年の役)での功により宇都宮(現・栃木県宇都宮市二荒山神社の別称)別当職に任じられ、宗円の孫の宇都宮朝綱から苗字(名字)として宇都宮氏を名のる。
宇都宮庶流としては藤原宗円の次子である中原宗房が豊前国仲津郡城井郷に地頭職として赴任したことが豊前宇都宮氏の始まりといわれる。その子、宇都宮信房は豊前守に任じられて九州豊前国に下り、一時期は築城郡の本城城を拠点として、宇佐、筑城、下毛、仲津、田川など各郡に庶家を配し

ちょうど近隣のかたがチェーンソーをつかって、敷地の手入れをされておられました。さすがにこれ以上立ち入るのははばかられ、ここで退散しました。

福岡県神社誌:下巻461頁
[社名(御祭神)]宇都宮神社(粟田関白道兼公)
[社格]無格社
[住所]京都郡犀川村大字山鹿字城山
[境内社(御祭神)]記載なし。
(2022.01.29訪問)