松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

2024年9月29日(日)の日録。

高良山に登る(047)

「いつかお百度参り達成を目指そう 高良山登山第47回」です。

名古屋から無事帰朝できた感謝をしに、というのは表向きの理由で、今月2回もお出かけして交通費+宿泊代がとんでもないことになっており、少しでも穴埋めできるようお願いをしに高良山に登ります。

今回は(1)高良大社の御神札はじめ神棚の最近取り替えたお札を納める(2)放生池で鯉に給餌をする という点以外、ノープランでした。電車を下りて西鉄久留米駅1階のバス乗り場に行き、ちょうどやって来た信愛学院行の路線バスに乗車します。

今回は矢取バス停で下車し、大学稲荷神社に向かいます。

まず三九郎稲荷さんで無事帰朝できたことを感謝します。そして参道をくだり、若いころ「小学稲荷」と習った下宮に向かいます。

下宮の狐穴にも手をあわせ、石段を登って最後に大学稲荷の本社にお参りします。

忘れないよう古札入れに、ふるい御神札を納めます。

即心上人墓にも手を合わせます。

並びから転げ落ちた神籠石に腰掛け、朝、駅構内のローソンで買ったおにぎりを朝食にいただきます。

そのまま神籠石コースを高良大社に向けて登ってもよかったのですが、さきに奥宮からお参りしようと林道を歩くことにしました。

水神様に手をあわせ、林道を左折してつつじ公園のほうへ向かいます。

いつものつつじ公園の東屋にやってきました。先日も持参したキャットフードを今日も持ってきていたのですが、猫の姿はありません。売店兼休憩所のほうへ向かうと、猫が3匹べったりと床に寝そべっています。あごや頭を触って「こっちこい」と話しかけてみるのですが、チラと私の目を見るだけで動く気配はありません。見回すと紙皿や陶皿が複数あり、どうやらすでに先客がそれぞれ自分の「推し猫」に給餌したあとのようです。

後から来た年配の女性が「今日は黒がおらん、おらん(=居ない、居ない)」と椅子の下をのぞきこんでいます。日曜日のこの時間にここに居る年配の男女は全員、もしかするといずれかの猫を推すファンなのかもしれません。

お賽銭用の10円玉と50円玉をつくるため、売店の自販機でミネラルウォーターを買い求めて、東屋に戻ります。ただの水をそのまま飲んでもしょうがないので、自宅から持参したインスタントコーヒーを溶かしてからいただきました。だいたいインスタントコーヒーのスティックが1本10円です。入れて振って飲めば、50円ほど節約できます。

近所のスーパーで水を買っておけばもっと安く済むのでしょうが、いかんせん日々のお買い物は交通系ICカードかquickpayで済ませてしまうため、なかなか小銭がつくれない……。

トヨトミの世襲~小説・巨大自動車企業~

東屋で寝転がって「トヨトミの世襲」の続きを読みます。結局、3部作ぜんぶ読んでしまいました。

寝転がって1時間ほど時間をつぶしてしまい、慌てて奥宮に向かいます。奥宮ではまいどですが生活が苦しいのを訴えます。

線香ケースを開けると新毎日香が増えていました。私以外にも誰かこの線香を買って持参するかたが増えたようです。香りの良し悪しはともかく、最近はマンション需要を考慮した微香・微煙が売りの商品ばかりになり、安い価格帯で遠くまでくっきりはっきり香る線香って、意外とないですからね……。

奥宮コースを歩いて高良大社にやってきました。

手水舎横の十月桜は花も増え葉も出て、前回9月23日より少しだけ雰囲気が華やかになっています。

高良山茶屋 望郷亭 - 御井/うどん | 食べログ

高良大社にお参りしたあとは、昼飯に高良山茶屋で肉うどんとお稲荷さんをいただきました。

放生池にやってきました。鯉に給餌をします。

今回もすごい食いつきです。手に持ってどこに投げるか考えていると、水面から口だけ突き出して、こっちこっちとアピールしてきます。焼麩2袋あっという間に食いつくすと、なにごともなかったかのように四散するのはさすがというかなんというか……。

GPSログは10kmぶんあるのですが、アプリに処理させると移動距離は7.8kmとのこと。

もっと歩いた気がするんですけどね……。

 

ふと思い出す。

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愛知県犬山市宮山 大縣神社(後編) - 松村かえるの「かえるのねどこ」

27日、真清田神社さんにお参りしました。帰ってきてからなにか引っかかるものがあるのですが、どうも思い出せません。

高良山を歩いている途中で、大縣神社さんで気づいた現王朝の仕打ちを思い出します。

真清田神社さんは神明社で南北サンドイッチされ、事実上軟禁されています。

大縣神社さんに至っては、神宮遥拝所で拝もうとすれば本殿に尻を向けることになります(逆から言えば、神宮と熱田から常に睨まれている)。

出雲大社(杵築大社)は御承知のとおり正中からズレてお参りすることになりますし、大山祇神社は山の神のはずが島に吹っ飛ばされています。

確信はないので控えめに書いておきますが、

(1)神渟名川耳(金凝神) → 天之忍穂耳 → 大山咋(大物主) → 御間城入彦(中筒男尊) → 現王朝(皇室とか藤原氏とか)

(2)大山祇(実父)&大幡主(義父) → 大国主 → (いわゆる「出雲」。(1)や(3)と違い父系血筋で「主」の称号を継受していない。事代主と大物主はのちに大国主から離脱)

(3)神日本磐余彦 → 大日本彦耜友 → 大日本根子彦太瓊 → 大日本根子彦国牽 → 稚日本根子彦(高良玉垂命。底筒男尊。九州王朝最後) → (畿内政権に祀り上げられる)大鷦鷯尊(終了。これ以降は(1)が現代まで続く)

というのが「神社めぐり」をしてみての理解です。ただこの仮説でいくと、阿蘇を起源とし自らのパパは大神大物主神社として拠点の近くに祀り、九州王朝関係者ふくめそれ以外は山の向こうに弾き飛ばしたのが内宮と外宮、封じ込めの目付役が斎宮という、いまの神社本庁教からみると正気ではない結論に至ります。

宝くじで1億当たれば、委託料返上して奈良盆地をうろつきたいんですけどね……。無理か。

 

げる人事

顔ぶれだけだと臨戦態勢。過剰反応なのか、引き受けてくれるお友達がそこしかないのかまったく読めない。核共有はどう消極的にみても指一本触れさせない覚悟の表明。中共とことを荒立てたくない財界から引きずり下ろされるまえに解散。久しぶりの崩壊局面かも。