23日の記録。
天気予報を確認すると、今日は晴れとのこと。
昨日は廊下で部屋干ししていたカバンをベランダに吊り下げなおしてから、高良山登山に行きました。
高良山登山から戻ってきました。前回が昨年12月だったので少し早い気もしましたが、高良大社の御神札を拝受してきました。昨日穴守稲荷さんの御神札も持ち帰ってきたことですし、ひさしぶりにお供えセットを作りなおします。
塩は九電さんが火力発電所の廃熱でつくっている粗塩です。いりこ(煮干し)はフライパンで軽く炒っておきます。いちおう羽田空港で買ったお菓子もひとつ載せておきました。
遅い昼食というか早めの晩飯に、値引きされていたカップ麺に冷凍枝豆とコーンをたっぷり載せていただきます。
日記の編集をしながら、明日以降の昼弁当用にごはんを炊いて、240gずつ計量してタッパーに詰めておきました。少し冷めたら、冷凍庫で保管することにします。
浅田飴
21日の東響定期で、ちょうど眼下の1階席に咳が止まらず嫁らしき人物からカーディガンを取り上げて羽織っている私より明らかに年上の男性が居た件について書きました。
ほんらいコンサートホール内は飲食禁止なので堂々と書くのもあれなのですが、私は毎回、浅田飴を持参しています。市販ののど飴と違い、これはむきだしで缶に入っていますから、包み紙を開ける音もありません。
開演前や休憩時間にまとめて3粒ほど放り込んでおけば、のどがいがらっぽくなるのをおさえることができます(なお、正しい用法では1錠ずつなめろと書かれていますのでくれぐれも自己責任でお願いします)。缶入りのままだとコンサートホールに向かう途中、歩く振動でガチャガチャと音をたててみっともないため、あらかじめ使うぶんのみプラケースに移しておきます。
20年ほど前までは演奏会場の近くにあるコンビニで市販ののど飴(とくに龍◎散のど飴)を買っていたのですが、甘すぎるものは途中でつばが出なくなり猛烈にのどが渇くことがあります。こうなると逆効果です。
問題は演奏会のとき以外出番がなく、冷蔵庫で保管しているうちに湿気がきてくっついてしまうことくらいでしょうか。
たしかに飲食禁止とある以上よろしくはないのでしょうが、どうしてもじっとしていると急にのどがいがらっぽくなることはあります。日常だとしゃべるため適度につばが出て気にならないのですが、ただじっと口をとじて鼻呼吸だけつづけると、どうもいけません。
こういうことを書くと「2時間程度咳もがまんできない老人はタヒね」とか書かれたりするんでしょうね……。こわいこわい。
高良山に登る(046)
「いつかお百度参り達成を目指そう 高良山登山第46回」です。
いくら上京から戻ったばかりといっても、せっかくの3連休に一度も高良山登山をしないというわけにはいきません。1年は52週ですから、週イチでちんたらやっていたら2年かかってしまいます。
方位術で23日の吉凶を確認すると、あまり良いのがありません。流派によりどれが当たるか議論がありますが、私は面倒なので60刻1局と10刻1局の両方を見比べるようにしています。両方よければ「大吉」、どちらかがよければ「並」、両方ダメなら「大凶」という見立てです。
10刻1局だと5時~7時台に「甲甲:双木盛林」が来ています。甲尊と甲尊の組み合わせなのでどのテキストも悪く書いてあるものは皆無の吉方位です……が、甲尊はカネを呼び込みません。信頼と信用は得られても、カネに縁がないのが甲尊です。
60刻1局だと「庚庚:戦格」です。目上と目下がともに刃物を持って喧嘩をする意味があり、軍人やスポーツマンをはじめ勝ち負けに生きるひと以外、まず使うことはありません。とはいえ甲尊でもありますから、これが表に出ることはないでしょう……たぶん。
今回は大学稲荷と高良大社と奥宮に、無事帰還できたことを感謝しに行きます。
まず、岩不動で今日の安全をお願いします。先週は湿気ムンムンで死にそうでしたが、びっくりするほど空気が乾いています。tenki.jpでアメダスの気温を確認すると、なんと24度。たった1週間でこんなに変化してよいものでしょうか?
愛宕神社にお参りします。
鳥居のさきにはJR久留米駅や久留米城、江戸時代に城下町だった辺りが見えます。防火の神様として領内を見下ろす位置につくられたことがわかります。
車道のさきに大学稲荷神社が見えてきました。
畳敷きの立派な拝殿には「倉稲魂神社」の立派な扁額が掲げられています。
むかし「小学稲荷」と習った下宮にもお参りします。もとはこちらがお宮だったそうで、神使が住む狐穴も立派です。
古札納所に、昨日取り替えた穴守稲荷さんの御神札を納めます。同じお稲荷さんならここに返してもいいだろうというのが今日の真の目的なのは、ないしょです。
以前からあったのかもしれませんが、ふと見まわしてみると小さな祠を発見することがありビックリします。
前回は先を急ぐあまり素通りした即心上人墓に手をあわせます。
利用者が暑さで少ないのか、それともクモの活動が活発なのか、やたらクモの巣が多いので地べたから枝をとり、1ト、2ト、3トと上下にぶん回しながら歩きます。変人ですね……。
前回休憩をとった神籠石(の列から脱落した石)に座り、今回も休憩します。前回はキノコがあちこちに生えていたのですが、キノコのあった辺りはイノシシが掘りかえして地面がフカフカになり靴がめりこんでしかたがありません。あの鼻と足のひづめでこれだけできるのがすごい……。
神籠石の切れ目から初詣参拝者用の臨時駐車場を越えて、旧車道に向かいます。
高良大社境内にやってきました。十月桜に一輪花がついています。つぼみはたくさんありましたから、1か月もすれば見ごろになるでしょう。
今日は参拝者が多そうです。社殿をいったん素通りして、高良会館(社務所)にトイレを借りに行きます。
トイレを借りたあと、展望所の自販機で賽銭用に小銭をつくります。なるべく10円玉が戻ってくるよう、釣銭のつごうでオロナミンCをいただきました。
賽銭用の小銭を準備したら社殿に戻り、高良大社と境内社をぐるりとお参りしして、今日は授与所で神棚のお札を拝受しました。
車道を登りつつじ公園駐車場までやってきました。今日は古処山地の山々と英彦山、宝満山に四王寺山、花立山(じょんやま)がよく見えます。これだけクリアなら、帰りに吉見岳の展望所から雲仙・普賢岳ものぞめそうです。
いつもの東屋にやってきました。今日もお気に入りの猫はほかのハイカーさんから餌をもらってべったりそっちにくっついています。豪勢に68円のキャットフードを買ってきたのですが、出番はないかもしれません。
柱にもたれかかり、自販機で買ったコーヒーを飲みながら、ココアビスケットをかじって休憩します。
普段手招きしても絶対に寄ってこない黒猫が東屋にやってきたので、黒猫の足元でキャットフードを開封してみます。目が合うと逃げるのですが、見ないふりして寝転がると近づいてきて、餌をパクつきます。ぜんぶ食い終わったころを見計らい振り向きざまにiPhoneで撮影してみました。
食い終わるなり近づいてきたので「今日はそれだけ」と言うと、言葉がわかるのか日陰でへそ天になり寝はじめました。いい気なものですね……。
猫と遊びすぎると帰る時間が遅くなってしまいます。奥宮に向かうことにしました。
奥宮にお参りし、プラケースに新毎日香をひと箱納めます。以前にも書きましたが、この線香をえらぶのは、値段のわりに香りがつよく遠くまで飛ぶのが理由です。
だいぶ涼しくなってきたためか、参拝者は多めでした。
奥宮コースを歩いて、奥宮から高良山茶屋まで戻ってきました。3か月ぶりに肉うどんとお稲荷さんをいただきます。やっとお昼に熱いうどんが食える季節になりました。感慨深いものがありますね……。
吉見岳コースを下り、琴平神社にお参りしたあと、吉見岳の展望所までやってきました。
今日は雲仙・普賢岳が見えるでしょうか。
見えました。
帰りは吉見岳コースを磐井城跡のお堂に向けて下っていきます。
市内各地から奉納された観音様や阿弥陀如来様と、お大師様が祀られているお堂に、今日の無事を感謝します。敢えて画像は公開しませんが、ふとお堂のなかが気になり扉を開けてみると、天井が落っこちてきていました。経年劣化でしょうか。低収入と貧困だけが取り柄の我が身にドーンと建て替える費用を奉納する余力なぞあるはずもありません。100円玉だけ置いて「どうか心あるかたがこの日記を見て10億円くらい(たぶんこのお堂を管理していると思われる)御井寺さんに寄付していただけますよう。ついでに赤貧すぎる我が身を憐れみ1億円くらい振り込んでくれますよう」とお願いをします。
高良大社にむかう途中に御井小学校があります。ここには大名が泊まる本陣がありました。小学校の校門横に「坊津街道府中宿本陣跡」と記された木柱が隠れるように立っています。
坊津街道(薩摩街道)とは長崎街道の途中、山家宿で分岐していまの鹿児島を目指した道で、高良山の麓に府中宿がありました。府中の名のとおり、むかしはここに筑後国府があり、明治以降、御井府中から御井町へと改名されます。
交番をはさんで隣に御井町バス停があります。数名のハイカーさんがベンチに座って路線バスを待っておられましたので、立ったままバスが来るのを待ちました。
アプリが作成した経路図を見てなんとなく違和感を覚えます。たいがい歩いたのに7kmいかないってどういうこと?
GPSログは約10kmぶんあるようです。どこをどう処理しているんでしょうか……。