23日の記録(つづき)
23日の20時半から選挙立会人の打ち合わせでした。
21時20分から当選人を決定する選挙会、要は開票作業がおこなわれ、我が陣営はトップ当選をはたすことができました。これもみなさまのご協力とご支援の賜物と深謝申し上げます。
で。
前回より投票率も投票数も下がりました。
立会人としてのハンコ押しのあいま、開票の速報ながめつつ薄々気づいてはいたんですが、現在市役所があるエリアや、むかし本庁舎があったエリアの候補者は、あまり減っていません。有効投票数の減少率から大きくブレていません(あきらかに食われたひとはひとり居ましたが、我が陣営の影響とは無関係)。確認のため選挙事務所と自宅で3時ごろまで表計算ソフトであれこれやってみると、私の実家があるエリアと、候補者の地元から出馬した他の陣営、あきらかに土建屋さん地盤の候補以外、すべて2ケタのマイナスです。
後援会の入会申込書(俗にいう「個票」)をエリアや郵便番号ごと集計した結果、ほぼ支援者が居ないエリアと、いっぱい申込書が出てきたエリアの濃さがあまりに違うので半信半疑だったのですが、結果もそのとおり。こんなに正直に出るものなのかと勉強になりました。
今後も安定して勝つためには、なるべくはやくから手薄なエリアにしっかり食い込む活動をしないといけません。まぁ、どこがこれ以上荒らしてはいけないレッドオーシャンで、どこが我々にとってのブルーオーシャンかわかっただけでも、収穫といえます。
トップ当選とはいえ、3年後に向けてまだまだ課題は多い状況です。
傍聴に来ていた仕事場の元上司が「トップ当選おめでとう!」と声をかけてくれましたが、どうも私の顔色はよくなかったようです。その顔色をみて、むかしここの市役所に勤務していたころの職員さんが2名「不満だったでしょ?」と、心中を察してくれます。
- 約半年選挙に詰めてみて気づいたが、熱心な支持層は自分の想像以上に老齢層が多かった。あの人たちがこの世にいるあいだに次のステップをかんがえないといけない。時間がない。
- いちど勝てば本人に火がつく。本人が選挙をおもしろいとおもうようになってくれたら、さすがにおれはもうお役御免。今年と来年は親が地元の行政区長(町内会長)やってるから、用事があるときはこっちの市役所ウロウロするけど、甘木にもどって向こうでのんびりする予定。国保税たかいし。ここ。
と、言っておきました。
24日の記録
24日、選挙終えた翌日、日雇乞食再開のため久留米に出ました。
途中、少し足をのばして、高良大社に向かいます。
高良山は雑木山のため、緑色の深さがあちこちで違うのがわかります。


高良大社に到着しました。
途中、車とやたらすれ違うのでいつも停めている駐車場がいっぱいだったら、と心配したのですが、ガラガラでした。むかしはここに第一駐車場と案内板があったのですが、いつのまにかなくなり、ここが駐車場という認識がないひとが増えたようです。


久留米つつじの原木が赤く咲いています。
きれいに撮れそうなところをえらんで撮影します。


三の鳥居から正面参道(石段)、拝殿と、トレッキング姿のかたに混じって、背広を着たかたをちらほら見かけます。
今回、仕事途中のためいつもの背広姿でした。見知らぬ男性から「あなたもお礼参りですか」と声をかけられ、どこで祈願の受付をしているのかとたずねられます。
祈願の受付場まで案内しましたが、どこかの議員さんがみずから、当選証書授与式の行きか帰りに、お礼参りにやってこられたのでしょう。素晴らしい心がけですね……。
お昼は、高良山茶屋で肉うどんとお稲荷さんをいただきます。
あとから入ってきたお客さんが注文するのは、みな、ところてんでした。なかには、燗酒とところてんというすごい組み合わせの、トレッキング姿のかたも居ました。
『レコード芸術』休刊。
クラシック・レコード評論の専門誌として1952年3月に創刊し、70年を超えてご愛顧いただきました『レコード芸術』ですが、近年の当該雑誌を取り巻く大きな状況変化、用紙など原材料費の高騰等の要因により、誠に残念ではございますが2023年7月号(6月20日発売)をもちまして休刊にいたすこととなりました。長きにわたり支えてくださった読者の皆様、ご寄稿いただいた執筆者の皆様、レコード会社各社をはじめクライアントの皆様、制作にご協力いただいた関係者の方々に御礼申し上げるとともに、今後もご購読を予定されていた読者の皆様に心よりお詫び申し上げます。
「レコード芸術」が休刊となるそうです。
もうまったく、何年と言っていいほど読んでいませんし、どういう記事があったのかもよくおぼえていませんが、いまにしておもえば広告費をいっぱい出してくれるレコード会社の記事を優先して載せていた記憶があり、それが鼻について読まなくなりました。
インターネットが浸透すればするほど、この手の宣伝媒体に広告出稿するレコード会社の需要も、リスナー(読者)の需要もなくなっていくのはしかたがないとおもいます。
30年ほどまえ、CDを買うときの目安にしていた時代があり、なんともさみしい感じです。