松村かえるの「かえるのねどこ」

旧「美風庵だより」です。

福岡市南区清水4丁目 日吉神社


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周囲が住宅地なだけに、背の高い木々に囲まれたこの場所は目立ちます。

扁額は山王宮とあるものと日吉宮とあるもの両方が掲げられており、おそらく年代が異なるのでしょう。立派な方位干支盤が供えられています。

日吉神社を出て、少し離れたところから1枚撮影してみました。ここだけ、森がのこっています。

日吉神社由緒畧記

祭神 大山咋神亦御名山未之大主神 古事記の神代巻に大山咋神此の神は近淡海國日枝山に坐す 亦葛野の松尾に坐す(酒造の神)鳴鎭に成りませる神なりとある 神代の昔より比叡山にもともと鎮座する地主神であります。
国家鎮護の神として記されたのであります都が京都に還り京都が日本の中心となり当宮が都の表鬼門に当ることから国民並に都の鬼門除け更には国家鎮護の方除け魔除け災難除けの宮とされると共に土木建築の守護神と崇められ武家の崇敬を集め武家が一国の城主に封ぜられるとその城及びその国の方除け鬼門除け又その国の鎮護の神として分霊を還し奉鎮したため現在でも全国三千八百余社を持つに至ったのであります。
文明十年室町時代大田道灌江戸城築城に際してその鎮護の為城内に勧請した
天正十八年安土桃山時代徳川家康大改築 日吉山王権現として尊ばれ歴代将軍の崇敬が厚かった現在東京都千代田区旧官幣退社日枝神社です 山王総本宮日吉大社鎮座地は滋賀県大津市坂本五丁目一ノ一です 平安時代より名神大社「延喜式神代名帳」国家二十二社の一社明治四年官幣大社に列格 郷土、清水の氏神様は日吉神社は建立不詳室町時代本宮の山法師達が全国に勧請行脚に廻ったと記されて居ますので多分当時勧請建立なされた事かと思われます 天和二年三月西暦一六八二年旧社殿(清水字宮の桁一番地)現在清水二丁目十九番地 新社殿現在地清水四丁目十六番地へ
風水害の為奉還されたとの伝へがあります 山王宮の神使者神猿(真猿)はマサルは勝に通じ、又魔去るに通じ一切の摩を拭い去るの意 万福招来繁昌満足を授ける使として尊とばれて居ます。

福岡県神社誌に記載のあるお稲荷さんでしょうか。

境内には、観音堂もありました。

あとの手間暇をかんがえて銅板葺きにしたところが多いなか、なんと檜皮葺です。

福岡県神社誌:上巻85頁
[社名(御祭神)]日吉神社(大山積神)
[社格]村社
[住所]福岡市大字清水字後田
[由緒]元禄十四年に同村字山王より移転す山王の古宮と申て田の中に一の森残れり是古宮の跡なりと云う。明治五年十一月三日村社に定めらる。
[境内社(御祭神)]稲荷神社(宇賀御霊神)
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2022.07.03訪問)