美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

10月18日の日録

日録。

だいたい1年ごとに、新しい神棚の御札をいただくようにしています。

今回は、香椎宮櫛田神社に行きました。

まずは香椎宮を訪問します。

ほんとうは正面の御神橋をわたり石段を登り楼門を越えて社殿にたどりつかないといけないのですが、階段をのぼりたくないので車道(しかも神社関係者用道路)側から歩いて境内にはいります。

こちらからはいると、まず応神天皇を抱く武内宿禰像があります。むかしはこの武内宿禰が複数の存在を合成した人物だと気づいていませんでした。

  1. 本物の武内宿禰
  2. 高良玉垂命(開化天皇、底筒男尊、藤大臣阿部相凾)
  3. ミマキイリヒコ(中筒男尊、僭称崇神天皇、中臣烏賊津)

すくなくとも3人はごっちゃです。なので各地で武内宿禰という名前をみかけたら、ほんとうは誰なのかをかんがえながら現地案内板を読まなくてはなりません。

この武内宿禰像、綾杉をはさんで社殿と真向かいにあります。

いつものとおり、まずは武内神社からお参りします。

現在、本殿は改修工事中です(屋根の葺き替えとかをやっているらしい)。

授与所で神棚の御札をいただいて、中臣烏賊津を祀る巻尾神社をお参りします。

「神社めぐり」をやっているうちに、どうやらこの中臣烏賊津が中筒男尊・僭称崇神天皇のことと気づきます。気づいてしまうと、彼を拝むということは、「三国志演義」でいえば後漢の献帝から帝位を奪った曹丕や曹氏を弱体化させ魏を専横した司馬師司馬昭を拝むようなもので面白くなく、しばらくは素通りしていました。

しかし、さらに「神社めぐり」をつづけているうちに、世のなかの本質は下剋上であって、禅譲を強いる(簒奪する)側も、強いられる(奪われた)側も、一方的な善悪はありえないとおもい直すようになり、最近はまたここにも手をあわせるようになりました。

つづいて、大正時代に合祀されるまで足仲彦(仲哀天皇)を祀っていた古宮跡で手をあわせます。いまでこそ足仲彦(仲哀天皇)と神功皇后を祀るお宮と名乗っていますが、江戸時代は「聖母宮(しょうもぐう)」でした。

香椎宮 - Wikipedia

近世の『筑前国続風土記』では「神功皇后、相殿左八幡大神、右住吉大神」と記載されており、明治4年(1871年)の神祇官への届け出もそれを踏襲している。その後、大正4年(1915年)に仲哀天皇の神霊が摂社の古宮から本殿に遷座・合祀されたため、以後は祭神を上記4柱としている。 

記紀神話と実態をあわせるため、ここは戦前、改作されています。

古宮跡は以前から空気のよいところで、しばらくここで手をあわせ、カネくれ仕事くれとお願いをします。

古宮跡から丘を登ったところにある「仲哀天皇大本営御旧蹟」碑です。大本営という言葉の選択が、いかにも戦前のセンス満載です。ここに行宮「橿日宮」があったとされています。

香椎宮の境内を出て「香椎宮しょうぶ園前」バス停のちかくに羽田矢代宿禰を祀る「朽瀬神社」があり、ここもお参りします。

羽田矢代 - Wikipedia

『日本書紀』では「羽田矢代宿禰(はたのやしろのすくね)」、『古事記』では「波多八代宿禰(はたのやしろのすくね)」、他文献では「波多矢代」「八多八代」「八太屋代」とも表記される。「宿禰」は尊称。
武内宿禰の子で、波多氏およびその同族の伝説上の祖とされる。

江戸時代、日田の代官所に本家が出仕したさい(この本家から分家し、さらに明治以降その分家から分家したのが実家)、先祖としてこの羽田矢代宿禰をあげているそうで、そりゃねえよどんだけフカしてるんだよ(いくら箔付けだからってでまかせ言うな)とおもいますが、代官所に出仕するため、系譜偽装しないといけない理由があったのでしょう。

ここでiPhoneを確認すると、宝くじ当選の通知が入っていました。

先日、大阪で住吉大社に上陸の御挨拶をしたあと、ネカフェで軽く寝てから、生国魂神社に向かいました。

「神仏に宝くじを当ててくれとお願いするときは、さきに選んでから、お願いをするものだ」と、若いころ読んだ易占の教科書に書いてあったのをおもいだし、生国魂神社の鳥居をくぐるまえに1口ロト6を買っておいたら、1,000円になりました。

ちなみにロト6の5等は39分の1ですので、しょせん40人に1人の運しか持っていないということなのでしょう。どうりで貧困生活から抜けられないはずです(笑)

大阪まで来た小遣いかもしれませんし、ひさしぶりに香椎宮に来た駄賃かもしれず、どなたからいただいたかは謎ですが、ありがとうございます。<(_ _)>

いちど知人事務所まで戻り、こんどは知人事務所から歩いて、櫛田神社に御札をいただきに行きました。

あいかわらずの人出です。

きょうはどこかの保育園?幼稚園?の七五三集団参拝が行われており、同じ格好の子供たちが走り回ってふざけております。

初宮詣でに来た子供を抱いたお父さんと、それをスマホで撮影しようとしているお母さんがいます。また、飾り山のさきには、袴姿の男の子を撮影するカメラマンのかたがいます。

子供が横切って走り回るので、やりにくそうです。よそのガキが写りこんだら、記念撮影台無しですもんね……。