美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

京都郡みやこ町犀川生立 生立八幡神社




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生立八幡宮

地図でみるとなかなか大きい社地のようで、わざとぐるりと周囲を周回してから、神社を訪問してみました。こんもりと大きい山になっているのが、記念物の大クスのようです。

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ご由緒 | 生立八幡宮

生立八幡宮は養老7年(723)に創建され治暦3年(1067)に現在の所に移転。 旧県社で「犀川総鎮守」といわれ、旧藩政時代は「仲津郡大社」「一郡一社之宗廟」として、藩からの手厚い保護を受け、現在のみやこ町犀川・豊津、行橋市の一部の氏神様として広く信仰を集めていた。生立(於比多都=おいたつ)の名称の起源は、神功皇后が筑紫の地で応神天皇をお産みになり、翌春、大和の国に行かれる途中この地に立ち寄られ、ご幼少である応神天皇は霊石(現在大村区に現存)と神功皇后の御膝につかまり初めてお立ちになられた。これを皇后は非常に喜ばれ「わが御子すでに生い立つなり」と言われたので、その名がついたと伝わっている。

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福岡県神社誌. 下巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

(福岡県神社誌下巻215頁)

神功皇后の子 応神天皇が自力ではじめて立ったことから、生立(おいたつ)の地名が生まれ、聖蹟地に八幡宮が創建されたということになっています。

日田市 - Wikipedia

また、承平年間(931年 - 938年)に成立した『和名類聚抄』では、日高郡とされており、「比多」の訓が付されている(元和古活字本巻5)。現在も三芳地区には「日高町」という地名が残っている。

どうもこれを簡単に信じてよいものかどうか、気になります。「於比多都」を「おいたつ」と読むとしていますが、「日田」に「比多」とあてている事例があり、「息子が自力で立った立った」と喜ぶ話は、後付けではないかとおもうのです。

京都郡みやこ町勝山大久保 大原八幡神社 - 美風庵だより

京都郡苅田町新津 大原八幡神社 - 美風庵だより

日田市田島 大原八幡宮 - 美風庵だより

単純に字面だけで「於」を考えれば「日田から」「日田において」という意味となり、ここは日田にむかう道筋という意味になります。

大原八幡宮というと日田を代表する神社ですが、すでに「神社めぐり」で訪問しただけでも、京都郡内に2社、大原八幡宮があります。しかも福岡県神社誌を読むと、どうやらまだあるようなのです。

と、ここまで書くと神功皇后伝承は完全創作と疑っているようにおもわれるかもしれません。

これまでの書きぶりからそうはおもえないでしょうが、おそらく、或る程度は真実も含んでいます。

大分八幡宮 - Wikipedia

社伝によればこの神社がある場所は神功皇后が三韓征伐の帰途、一時逗留した地であるという。 

飯塚市大分 大分八幡宮 - 美風庵だより

行橋市下稗田 大分八幡神社 - 美風庵だより

行橋市上稗田 大分八幡神社 - 美風庵だより

この犀川の地は、三韓征伐から戻る道中にあたり、のちにそれを記念した大分八幡宮が近隣に整備されています。神功皇后の足跡であることそのものは否定できないようです。

するとここからは、まず「おいたつ」の地があり、現皇室が支配を確立していくなかで、神功皇后との縁を地元もしくは施政者側が重視し、この八幡宮を創建したと考えるべきなのが、わかります。

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社殿の正面向かって左手に、二児神社があります。福岡県神社誌では、なぜか大名持命(大己貴)、小碓命(日本武尊)を祀るとされていますが、ふつう景行天皇の子大碓命と 小碓命の双子を祀る神社のはずなので、なんらかの間違いでしょう。もしくは、大己貴(のちの大国主)を地主神としてあがめ、合祀しているのかもしれません。

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それにしても、クスノキの立派なこと。樹齢800年というのもうなずけます。

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この神社が興味深いのは、池や堀をはりめぐらし、背後の水田とあわせて「島」を形成していることです。このことにも意味があるのかもしれません。

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御神体は県の文化財に指定されているそうです。八幡「大菩薩」をむりやり八幡「神」に衣替えするため、あちこちで御神体を作り替えたという話はきいたことがありましたが、ここは生き残りなのですね……。素晴らしいことです。

これからもずっと守ってほしいとおもいます。

福岡県神社誌:下巻215頁
[社名(御祭神)]生立八幡神社(応神天皇、神功皇后、比売大神)
[社格]県社
[住所]京都郡犀川村大字木山字宮ノ本
[境内社(御祭神)](大名持命、小碓命)
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2022.01.29訪問)