美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

京都郡みやこ町犀川崎山 八幡神社(崎山八幡宮)


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踏切もなにもないのですが、平成筑豊鉄道の線路を渡らないと神社に近づけません。線路の下にかすかに参道の痕跡がのこっています。

おそらくみんな渡っているのだろうと線路を踏み越えてなかに入りました。

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なかなか立派な天井絵があります。

福岡県神社誌では、もともと「田中の森」に祀られていたものを、1397年(応永4年)に、燕岩城主中尾氏がこの地に移転したものとあります。

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燕岩城は、今川をはさんで反対側にありました。この配置にも意味があったのでしょうか?

それにしても謎は「田中の森」で、これが「でんちゅうの森」なら、田んぼのなかの森という意味になるでしょうし、「たなかの森」なら、田中という地名があったことになります。

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もうひとつ気になるのは、境内にある「太祖神社」です。福岡県神社誌では「大祖」ですが、現地の石碑には「太祖」とあります。

福岡県神社誌ではさまざまな神様がお祀りされています。おそらくは集落内にあった様々な祭祀がここに集められているのでしょうが、社号はあくまでも「太祖神社」です。妙見さまを中心に造化三神をメインとしてとらえていることがわかります。

そして、一般的な八幡宮なら「応神天皇、神功皇后、玉依姫or比売大神」の組み合わせですが、武内宿禰が祀られている点も注目すべきです。この場合の武内宿禰とは高良玉垂命(開化天皇)とみてよく、その祭祀が「田中の森」にあったというのが、気になります。

「田中」という地名・人名と玉垂命にはなんらかの関係があると考えています。すくなくとも筑後地方と縁があると考えてよいでしょう。

福岡県神社誌:下巻251頁
[社名(御祭神)]八幡神社(応神天皇、神功皇后、武内宿禰)
[社格]村社
[住所]京都郡犀川村大字崎山字中尾
[境内社(御祭神)]大祖大神社(大御中主命、高皇産霊命、神皇産霊命、須佐之男命、大山祇神、句句之智命、埴安命、菅原神、高淤加美神、闇淤加美神、猿田彦命、神功皇后、保食神、事代主神、豊日別神)
[摂社(御祭神)]記載なし。
[末社(御祭神)]記載なし。
(2022.01.29訪問)