美風庵だより

風にちる 花のゆくえは 知らねども

6月12日の日録(3)

前編のURLは次のとおりです。

6月12日の日録(1) - 美風庵だより

6月12日の日録(2) - 美風庵だより

久しぶりに唐津を歩く。

後半その2(大石大神社~唐津城~唐津神社)

大石大神社に着きました。ここは唐津城築城のさい、建設予定地にあった彦山権現と熊野権現をこの地に移転し「大石大明神」として祀りなおしたお宮です。

裏山につづく道に気づき、社殿の裏側を踏み跡のとおりに登っていきます。

この先で崩落して道がなくなっていますが、振り向くと、自分が道をまよった造成地が真下にひろがっていました。木々が邪魔になっているものの、もう少し手入れをすれば、ここから市街地をのぞむことができそうです。

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次の金刀比羅神社にむかう途中、宮島醤油の本社工場の前をとおりました。私の地元では「宮島のうどんスープ」「ちゃんぽんスープ」で有名です。もやしとキャベツと刻んだカマボコを炒めて、ちゃんぽんスープを加えて煮て、そこにゆでたちゃんぽん麺を加えて火を通すと完成です。子供のころからの懐かしい味は、ここでつくられているのです。

東町交差点から松浦橋方面を撮影してみました。

金刀比羅神社がある高台はわかるのですが、地理院地図をみてもどこから登るのかがわかりません。よくよく拡大してみると、どうやら民家のすきまに道があるようです。

金刀比羅神社裏参道と書いた看板があり、そちらを登っていくと、空き家に出ます。

空き家の横をすり抜けて、宅地にでてしまいました。

地図をよく眺めると左折があるはずです。いったいどこに?

どうやらこのブロック積みの階段(の残骸)が、裏参道のようです。

さすがにこれでは入れません。周囲と地図を見比べると、セメントで固められた歩道があります。これを登ると、金刀比羅神社に出ました。

どうやら、地図の記載はともかく、これが裏参道のようです。

持参したソイジョイ2本と水筒のコーヒーで、昼食をとります。ほんとうはもっと余裕があって、どこかで昼食くらいはとれるはずだったんですが、完全に押し気味です。明るいうちに帰り着かないなこれ……。

金刀比羅神社がある高台から唐津城を眺めます。

松浦橋を歩いて渡ります。左手の饅頭みたいな山が、宝くじ当選で有名になった宝当神社のある高島で、右手が「虹の松原」です。この橋を渡るとおおきな看板があり、それに沿って歩くと、唐津シーサイドホテルや虹の松原があるエリアに出ます。

八幡宮に着くと、ここにも可愛い狛犬さんがいました。台座に昭和3年建立とあり、御年94歳でしょうか。狛犬のまわりを周回していると、黒猫が社殿の下から出てきて、こちらを一べつして去っていきました。

口の中に小銭がみえます。手を突っ込んでみると、どれも平成の年号があります。お賽銭箱でもなんでもないところに小銭をいれる習慣はむかしからみてますが、これはどうかとおもいます。

海に出ました。岩に腰かけてしばらく風にあたります。松林をみると、ピンクテープが幹にタッカー針(要はでかいホチキス)で留められているものがあり、みると幹や枝が傷み、半分以上枯れています。パッとみて2,3本というところでしたが、全体だとかなりあるのではないでしょうか。

船溜まりの正面、漁協の建物の横に、神明宮がありました。

舞鶴橋を渡り、お侍さんになった気分で登城していきます。

天守閣の背後に、金刀比羅神社があります。

城から下りてきたところに、ライオンズクラブが寄贈した陶板の古地図がありました。

さきにこれをみてから、今日の訪問リストを考えればよかったと少し後悔します。

今日渡った大島も、地続きではなく、ちゃんとした島だったんですね。この絵で気づきました。

早稲田大学系属 早稲田佐賀中学校/早稲田佐賀高等学校 

早稲田佐賀中学校・高等学校 - Wikipedia

早稲田大学の創設者大隈重信の出身地である佐賀県に、早稲田大学の「系属校」として中高一貫校を設立しようとOBや関係者らが計画、早稲田大学の創立125周年記念事業として2010年(平成22年)4月に開校した。
卒業生のうち"最大"50%(高校3年間での成績が学校指定の基準以上)が早稲田大学へ推薦入学できる。 

唐津城の隣は、早稲田大学の系属校があります。

エリア別在校生出身地 | 入試情報 | 早稲田大学系属 早稲田佐賀中学校/早稲田佐賀高等学校

生徒さんの出身地をみていて、佐賀県出身者より関東(とくに東京)出身者のほうが多いんですね。画像はありませんが、そりゃあ寮がでかいはずです……。

次の目的地である西ノ濱神社に向かって歩いていると、道の横から城壁があらわれました。

どうやらここが唐津城三の丸の端っこにあたるようです。

最後に、唐津神社を訪問して、今日の神社めぐりは終了です。

この日、GPSログで約16km歩きました。

福岡に戻る

5月9日の日録 - 美風庵だより

高速バスで福岡市内に戻る途中、緑のクレーンがふと目に留まります。

どこかでみたとおもい調べると、先月、西公園付近の神社めぐりをしたときにみた、福岡造船所のクレーンでした。

家に帰り着いたころにはすっかり暗くなっており、とりあえず荷物を背負ったまま、バス営業所から自転車でスーパーに向かいます。途中、裁判所の前で木が切り倒されていました。

すでにここに木があったため、歩道増設の邪魔になり、このような形で車道と歩道、両側から挟み込むように残したのですが、北側からも南側からも舗装路で圧迫されて根が傷み、最後はだいぶ枝も枯れていました。

私の知るかぎり「地元の要望」で、切り倒さずに同じように残した木があと2本ありますが、どれも枝がだいぶ落ちました。

根っこを両側から踏まれ、新しい伸びしろがなく、弱って枯れる構図です。

「残してもいじめるだけ。いずれ枯れる。だったら、ここで切ってしまうか」という話をしたら、「自然を尊重する心がない!心がけがなっとらん!」とずいぶん年配のかたに攻撃されてだまった記憶があります。たしかにすぐに切って殺すか、こうやって10年生きながらえたかはあるでしょうが、残酷なことをしました。

木は足もないし口もないから、どんなに環境が悪化しても、逃げられないし訴えることもできません。苦しめた本人は善行をやったとおもいこんで生殺しにして「役人のアホどもに言うたった」とえばってるんだから、ねえ。